【連載】商業施設のデジタル活用 第2回アトレ/社内のAI活用、定着の鍵は「自分事」
2026年07月03日 11:30 / 経営
生成AIを業務に生かしたいと思うものの、具体的にどのように取り組んだらよいか悩む企業は多いのではないだろうか。アトレは専門プロジェクトを立ち上げ、2026年6月で社員の9割がGoogleのAIアシスタント「Gemini」を月1回以上利用するまでに定着させた。社員が「自分事」としてAI活用を推進しているアトレの取り組みについて取材した。
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生成AI社内活用定着化プロジェクトでAI活用を自分事に
同社がAI活用にチャレンジしたのは、2024年からだ。きっかけは、社員が役員に向かって、業務の課題などをプレゼンテーションする「ホンネ祭(フェス)」で行われた、総合企画部(当時)の山本純平主任(現・川崎店営業課 兼 総合企画部システムデザイン室)のAI活用に対する熱いプレゼンだった。
山本氏は「個人的にChatGPTを利用する中で、AIの進化の速さに危機感を覚えました。エクセルなど事務作業はいずれAIに代替されてしまう。とはいえ、AI活用と言っても社員が自分事としてとらえ、今ある仕事を軸に、その仕事を効率化し、よりよいものになるよう組み立てなければ定着しないのではないか」と提言したという。
その後、積極的にAIを業務に生かすべく、2024年10月に「生成AI社内活用定着化プロジェクト」が立ち上げられた。さまざまな試行を経て、2025年4月には、ソフトバンクグループのサポートを受けながら、「Google Workspace with Gemini」を全社的に導入した。
「Google Workspace with Gemini」は、グループウェア「Google Workspace」に、「Gemini」による資料の要約・分析、プレゼン構成・メール文面案、専門的な業務の壁打ち相手といった機能が搭載されている。
フィードバック機能も付いているため、各個人がAIを業務に利用する中で、単発的な使用にとどまらず、次はどういうアクションを起こせば、活用幅が広がるかアドバイスも受けられる。AIをいわば業務の「メンター」として利用しているのだ。
週3回以上「Gemini」を活用している社員が5割に
アトレの挑戦は、単なるシステム導入にとどまらない。社内での社員の「Gemini」利用状況は、IT部門出身ではない山本氏がAIを活用して作成したBIツール「ステータスボード」で可視化される。社員同士の活用状況を見える化し、ゲームのように点数化したことで、取り組みやすく設計した。
また、AIへの心理的抵抗感をなくすため、毎月対面での研修を実施した。本社のみならず、各支店の現場のメンバーを集め、まずはそれぞれの日常の課題をディスカッションで可視化した。その後、現場の体感から抽出された課題をAI活用で解決できるか試行錯誤を繰り返した。
立ち上げ当初は毎週30分程度、「Gemini」のアップデート情報や実際に業務効率化した事例も配信した。社員一人一人の行動に任せず、現場の感覚から懸け離れないよう配慮しながら、「Gemini」の浸透を図った。その結果、多くの社員が身近な課題解決に役立つ利用方法を徐々に学んでいったのだ。
2026年6月現在、週3回以上「Gemini」を活用しているコア層は5割程度まで増え、さまざまな部署で業務効率化が実現した。そして、生まれた時間をSC運営の重要な業務に振り分けられるようになった。テナントのサポート、イベントの企画立案、館内の巡回などSCの魅力アップのための作業により注力できるようになったという。
総合企画部システムデザイン室の三瓶賢哉副主任は「AIやIT関連の話は難しそう。現場は忙しいし、何に使ったらいいかわからないとなりがちです。ただ導入するだけでは定着化しないと思っていたので、AIをひんぱんに利用し、ステータスボードのレベルを上げている社員に実際にどのようにGeminiを利用しているか、オンラインでデモを行ってもらいました。身近な社員が、現場に即した使い方を紹介することで、より自分事として受け取ってもらえばと考えました」と話す。
AIをメンターにプログラムや動画を作成
実際の「Gemini」活用例として、プログラミング経験のない建築部門の社員が、工事の計画書作成を一部自動化した。ひんぱんに発生する作業のための書類作成を効率化した。
バックオフィス部門では、AIによる請求書チェックの自動化を行ったことで、毎月1時間程度かかっていた見直し作業を数分で終わらせられるようになったという。
広報部門では、現場の担当者がプレスリリースの原案を作成する際に、AIがメンタリングしてくれるプロンプトを作成。文章の校正やPRのための強調したほうがよい点、法務面で気を付けたいことのアドバイスなどを組み込んだ。AIからきめ細かな提案を受けられることで、より各施設の魅力をアピールする文章を作成できるようになった。
リーシング部門では、店舗のイメージパースを利用した動画をAIで作成した。空き区画について商談中のテナント候補に対し、店舗が出店するとどのようになるかイメージできる動画を見せることで、よりよい提案につなげている。
三瓶氏は「現場の課題を知っている人たちが、自分事としてAIを使って課題を解決した事例が増えてきました。グループウェアのGoogle Workspaceの中で利用できるという方式もよかったのではないでしょうか。毎日の業務で使うものに搭載されているので、心理的・技術的な敷居を下げたと思います」と分析している。
また、若手の活躍も目立つ。同プロジェクトの表彰制度で最高賞にあたる「社長特別賞」を受賞したのは、大井町店に勤める入社1年目と3年目の若手だった。彼らが中心にAI活用のための勉強会を同店で開催。自らが学んだ内容を現場の業務に落とし込み、横展開しているという。
総合企画部の石川暢人課長は「当社ではAI活用を特定の部署での活動に限らず、部署横断的なプロジェクトとして立ち上げたことで、全社的に広がったと思います。メンバーが本気でAI活用がいかに生産性を向上させ、その結果もっと大切にしたいお客さま対応やテナントのケアに時間を使えるようになるか伝えてくれたことで、浸透してきました。皆、通常業務が忙しい中、本当に頑張ってくれました」と胸を張る。
AI活用がシステム開発にもポジティブに影響
さらに、日常業務の効率化だけでなく、システム開発にもAI活用のポジティブな影響があるようだ。ベンダーに依頼しないとできないと考えていた分析ツールも、AIをメンターにして社内で作成できた。システム部門にしかできないと思われていたIT関連の業務もAI活用により社内で試せるようになったことで、より顧客体験を向上させるデジタル活用が進むことも期待している。
総合企画部システムデザイン室長の倉澤俊哉課長は「以前は、デジタル関連のことは専門の部署に任せるものという考え方もありました。今ではシステム部門出身でない社員もプログラムや動画を作成しているのがうれしいですね。自身でプログラム作成などに挑戦していれば、ベンダー任せにならず、より実務にあったシステムになるようディスカッションできます。AIで単に業務を効率化するだけではありません。さらにお客さまに寄り添ったアトレになるためのAI活用を目指します」と話している。
一方でAI活用の浸透に伴い、データ基盤の整備や人材育成の必要性など新たな課題も見えてきた。
山本氏は「現在は支店内でよい取り組みがあっても他支店には波及していません。担当者が異動するとせっかく作ったプログラムが活用されないなど、せっかく生まれた新たな取り組みをどう持続的なものに成長させていくか。悩みどころですね」という。
今後も、各部署・支店で開発されたプログラムや取り組みを集約したり、優れた事例を全社展開したりとアトレの挑戦は続く。AI活用の機運が高まる中、同社の地に足のついた取り組みは他社でも大いに参考になるに違いない。
第3回「三菱地所・サイモン」に続く
取材・執筆 鹿野島智子
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