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慶應大学ビジネス・スクール/日本の人事管理の今後

2015年01月14日 / セミナー商品店舗流通最前線経営

慶應義塾大学ビジネス・スクール2014年度公開講座
大藪毅専任講師
「日本の人事管理の今後」

<公開講座の会場>
公開講座の会場

慶應義塾大学ビジネス・スクールは9月10日、同大学三田キャンパスで、2014年度第4回公開講座を開催した。今回は、大藪毅専任講師が「日本の人事管理の今後」をテーマに講演をした。

Human Resource Management(HRM・人的資源管理)をとりまく状況を指摘した上で、戦後の長期雇用・年功制・企業別組合の三種の神器を前提としたこれまでの日本のHRMの特徴を解説。60年代のIndustrial Relations(人事管理・労使関係)、60年代~90年代前半のPersonnel Management、90年代~2000年代初めの成果主義的HRMを紹介し、2000年代以降のHRMを紹介した。

続いて、70年代の女性処遇、学歴差別、コース別人事、80年代の女性活用、90年代のダイバーシティー、2000年代のワークライフバランスなどのHRMのトピックの変遷を解説。従来の男性・総合職・正社員中心のHRMから、学歴・性別・正規・非正規を問わないHRMへの対象の拡大を説明した。

日本経済のグローバル化とグローバル人材のマネジメントの変遷も紹介。これまでの海外で活躍できる現地日本人派遣社員の資質・教育の在り方から、現地で採用する社員の採用・育成・活用・待遇が課題になっている現状を指摘した。

今後、予想されるHRMの課題として少子高齢化による労働力不足への本格的対応、ダイバーシティーの深化、人材育成システムの更新、アウトソーシング戦略などを話した。

<大藪毅専任講師>
大藪毅専任講師

■講師略歴
大藪毅慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師
1992年:京都大学経済学部卒業
1996年:京都大学大学院経済学研究科修士課程修了
1997年:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス産業関係学部留学
この間、新日本製鐵、関西国際産業関係研究所に勤務
2003年:慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師
2006年:慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科を兼担
2008年:慶應義塾大学医学部講師を兼担
2010年:博士(経済学・京都大学)取得

■主要著書・論文
“Work Behavior and Human Resource Management in Japanese Firm;Case and Theory for Foreign Manager”Keio University Press,2010(単著)
『長期雇用制組織の研究-日本的人材マネジメントの構造』(中央経済社、2009)
「柔軟貸借的働き方と人材マネジメント-日本的HRMへの含意」(組織科学Vol.44No.2、2010)
「なぜ会社を辞めるのか-曖昧な職務と効率的組織労働-」(『コラボレーション組織の経営学』中央経済社2008(共著))
「専門組織の人材と労働市場」(病院Vol.67No.3、2008年3月号)
「アングロサクソンと日本の能力観-何がどう違うのか-」(異文化経営研究Vol.4、2007年12月号)

非連続・創出型のビジネスが組織を変化させる

人事管理は、現在戦略性が強いものになっていて、ビジネスの変化によって人事管理の在り方もかなり大きな変化がおきている。

端的にビジネスの本質である付加価値生産の形が変わってしまった。何にお金を払うかという付加価値は、昔は積み上げ型のモノ作りだったが新しいものを創造する仕組み自体が変わり、これまでの連続・改良型から非連続・創出型へ変化している。

かつてテレビはブラウン管でチャネルを変えるのはダイヤルだった。ダイヤルがボタン式に変化し、やがてリモコンになっていく。これが連続・改良型のビジネスの一例だ。1970年代、80年代の日本の工業製品は、モデルチェンジをするたびに、連続・改良型の形で付加価値をアップさせてきた。

いまのIT時代は、これが変わってきた。例えば携帯電話は白黒の画面2つ折りの形、それにiモードのような情報端末の機能が付加されてきた。情報端末の機能が付加されたことで、画面が大きく一覧性が高く操作性も高いスマートフォンのようなものが必要となってきた。

その後、iPhone、iPadといったタブレット端末など、3、4年おきに同じものではない違うものが出てくる。いままで、同じセグメントの中でおこる高級化であった蓄積型が、いわゆるブレークスルー、つまり違うコンセプトで新たな市場を作り出しつづけなければならない。こういう辛いところに、現代企業の活動は置かれている。これはサービスも同じだ。

常に企業は予想を裏切る「想定外」のサービスやモノを作り続けることが求められている。次に出てくるiPhoneは、こういう機能がつくと予想できるものであったら、前のモデルを安く買おうという消費者行動になっている。

もうひとつの変化は、輸出モデルからグローバルモデルへの転換が進んでいることである。いままでは付加価値を生産する場所が日本国内であったが、今はグローバルネットワークへ重心移動している。その結果、現地雇用だけでなく優秀な社員のグローバル採用・育成・配置・活用をトータルで考える必要が出てきている。

また変化が大きく早く、新しいものを作り続けると、組織の在り方が固定しない。最適な生産性の単位や組織のマネジメントを柔軟に変えていかなければならない。あるプロジェクトは3、4人でやる。100人規模、200規模でやるものもある。200人、300人の大プロジェクトであっても、ある部分は、少数精鋭でやり、ある部分は人数が必要というように、細かく見ていくと、生産性の単位を臨機応変に変えていくようになっている。

シリコンバレーや製薬などのグローバル企業では、このような仕組みを作っている。課題、タスクによって組織の在り方というのをフレキシブルに変えていかなければならないことが求められると、当然中央集権ではやっていけなくなる。自律・分散・協働型組織へ変わってくる。

「組織から個人へ」ということが言われるが、組織ではなく、これからは個人だということはすでに50年前の雑誌にも出ているテーマだ。いま問題になっているのは、「個人か組織か」の二択でなくて、最適な組織の設計と実行についてのマネジメントのセンスと技術である。

<講義中の大藪専任講師>
講義中の大藪専任講師

日本における働く意識の変化~年功制から役割等級制へ

また、90年代のリストラと能力・業績主導による終身雇用イメージの低下により、日本においても働く意識が変化してきている。20年くらい前にくらべれば、転職労働市場が拡大している。若い人を中心に、会社のために働くということに加えて自分は何を武器にサバイバルするのか、一般社員であっても専門職志向が強まっている。これらの変化に旧来のHRMが対応できていないのが実情だ。

ジェイムズ・アベグレンが指摘したように、これまでの日本の人事管理は、長期雇用・年功制・企業別組合の三種の神器をベースにしていた。長期雇用により、関連する業務に定期異動することによる幅広い専門性の獲得など、長期の能力開発を行ってきた。

安定雇用により、仕事における明文化されていない取引慣行など、職務間関係(社内バリューチェーン)の理解やOJTを通じた深く広い人間関係の形成を行った。

定期採用制・年次管理もこれまでの日本の人事管理の特徴だ。しかし、先進国で定期採用制をとっている国は、日本と韓国ぐらいだ。その他の国は、職務主義なのでポストが空いた時に採用する。

1960年代まで、人事管理はIndustrial Relationsと呼ばれていた。つまり当時の人事部の仕事は、労働組合交渉・対策などの労使関係だった。戦後日本が貧しいころ、労働者が求めたのは適正な評価や能力開発ではなく、「食べること」であり、これが経営の最大課題だった。

当時は、中卒・高卒が多く大卒は3%程度の時代に、高卒19歳で入社し、5年ぐらいで24、25歳ぐらいになり、結婚し生活費が必要となる。2、3年経つと子どもが生まれ、また2人目も生まれる。そして、学校に通うようになる。この社会生活の段階に合わせた、つまり年齢に合わせた生活保障・集団的処遇が年功制の始まりだった。

1960年~1990年代前半は、Personnel Management(人事管理)の時代となる。経済が回復し、アメリカから生産性向上運動や職務給運動が導入され、近代的で科学的な人事管理が入ってくる。個人ごとの生産性の管理が行われる。1950年代の雑誌を見てもすでに、年功制はやめよう、個人ごとの生産管理・能力主義にしようと盛んに議論されている。

70年代に入るとそれまでの生活給的年功制から、入社何年目にはこれくらいの仕事ができるはず、という職務能力資格給への変更が起こる。ただしこの頃の人事管理の対象は、男性、それも大卒中心で、女性は高卒で、性別・学歴によって待遇・昇進も大きく差があった。

1990年代後半から2000年代初めになると、成果主義的なHRM(能力主義)が入ってくる。会社側からすると、バブル崩壊による景気の低迷にくわえて、団塊世代がボリュームゾーンにあがってきたのが大きなきっかけとなる。どんどん膨らんできた労働費用を下げる必要があった。人件費を固定費用から変動費用へ変えるために導入したのが、アメリカ型の成果主義だった。

優秀な組織というのは、優秀な個人の集まりである。できない人はいらないという考えがベースにあった。また組織の戦略やそこで必要な仕事は頻繁に変わるので、必要なときに必要な種類の人材が必要なだけの数がいればよく、それは市場を通じて調達すればよいという考え方が強くなった。結果、企業における人材の長期育成の機能が低下した。

ただし景気が戻った2000年代以降は、当時の極端な成果主義を導入している大企業は皆無で、年功と成果給を両立させる形で、役割等級制度を導入している。

<会場の様子>
会場の様子

人事管理の争点の変化~男性・正規社員からダイバーシティーへ

人事管理の争点は、1990年代以降本格的に従来のものとは変わってくる。1970年代までは、人事上の問題は主に女性の処遇、学歴差別やコース別人事制度の導入などだった。

処遇というのは、男女が同じ仕事をしても、なぜ女性だけ昇進しないのかという問題だ。この時代は、高卒で優秀な女性が大卒の男性よりも給料が低いということで裁判が多く起きた。解決策のひとつとして出てきたのが、後の総合職・一般職と最初から入口を分けるコース別人事管理だ。

1980年代に入ってくると、女性の本格活用の視点が出てくる。これが1985年の男女雇用機会均等法の趣旨だった。1990年代以降はダイバーシティーの問題が出てくる。日本ではダイバーシティーというとやはり女性活用の話だが、基本的には人材の多様化とその活用の話だ。人材の多様化というのは、性別のほか、国籍や高齢者の問題である。

日本では従来は人事管理といったら、主力である男性・総合職・正社員を対象としていた。女性・一般職・非正規は、補助的なものであって、会社の考える戦力強化の対象ではなかった。現在はそれが否定され、学歴・性別・国籍を問わず、正規・非正規を問わず、人事管理の対象となっている。

2000年代以降はワークライフバランスとか、ホワイトカラーエグゼンプション、正規・非正規・限定正規など複雑化した雇用問題、グローバル人材、定年延長が課題となっている。

例えば定年制というのは基本的には慣行である。ただ、今度は65歳にしろと法律で決めようとしている。日本以外のOECD(経済協力開発機構)加盟国で、定年制というのを法律化しようという動きがでたら、間違いなく大騒ぎになり認められないだろう。

日本人は定年制を当然じゃないかと思っているが、諸外国で行われている定年というのは企業が持つ年金制度で決まる。65歳ぐらいで会社を辞めてほしいなと会社が思ったら、65歳で辞めた人が最も年金をもらえるという制度設計をしている。しかし日本の議論を見ると、定年延長は給与・役職の低下を伴う。また一律で強制定年というのは日本とか韓国、その他で、世界的には例外と言っても良い。

これらの変化に伴って、会社の人事部が面倒を見る範囲も拡大している。従来は、昇進・配属・教育訓練など、仕事中心の話だった。いかに仕事の生産性を上げるか、いかにスムーズに人事管理を行うか、いかにモチベーションをあげるか。ライフスタイルについては基本的には個人責任で、人事管理の範囲外だった。

それが近年は、人材(ライフスタイル・キャリア)の多様化も考えて人事施策を作らなければならない。初めにみたように、ビジネス、付加価値生産のあり方が変わって、さまざまな人材が必要となってきた。そこでは、その人の能力だけを雇うという考え方ではダメで、その人の人生・ライフスタイルまで見て、職場環境を提供しなければいけなくなった。勤務形態・勤務場所、出産・育児、介護、社会貢献活動なども考える対象となっている。

ダイバーシティーの視点~多様な人材をどうまとめるのか

よく多様な人材の戦力化がないと日本の企業の未来はないとも言われるが、多様な人材がいれば会社は良いわけではない。多様な人材をどうまとめるのか、これが組織マネジメントの重要な課題だ。異なるタイプの人材が同じ職場で働くために、職務配分・評価・処遇の客観ルール化、キャリア要求の多様化への対応、人事・福利厚生制度の見直しなどが急激に進んでいる。

では、多様化した人間のベクトルをどうやって同一方向へ向けるのか、つまりチーム化するのか。性別・国籍・人種・学歴など多様な属性の人材を集めたとしても、それだけはダメだ。情報の共有化、組織目標の共有化などが言われるが、これらを多元的な集団で実際にやるのは、とても大変なことだ。

「多様化は素晴らしい、生産性が上がった」。「いや多様化によって生産性が下がった」という議論がアメリカでは10年ぐらいされている。研究では、ダイバーシティーを巡り国籍・性別・年齢を考えるデモグラフィック志向と職務中心で考えるタスク志向の二つの考え方がある。ただ表面的に多様な人材を集めるだけでは組織がバラバラになる可能性があり、どこかで横串を刺す必要がある。

単純に外国人を入れよう、女性を増やそう、年寄りから若いやつまで集めようなどと表面的にやるのはダメということだ。重要なのは「タスク志向」。どういうプロジェクトのためのチームなのか、それに必要な資源は何なのか、等の視点でその職務に必要なものを持っている人材を集める。さらにこのタスク志向において、いろんな価値観・技能・文化をもっている人を集めた時に、ダイバーシティーは有効に機能する。

<受講者へ問いかけをしながら講義>
受講者へ問いかけをしながら講義

年功要素の比重低下によるHRMの変化

これまでの日本のワークライフバランスは社会政策的側面が強かった。いいかえれば社員にとってはある日突然降りてきた恩恵だったが、会社にとってのメリットではなかった。それがだんだんと時間が経ち、ワークライフバランスをきっかけとして、社内の議論、職場の意識を高めることによって、自分のことはちゃんと自分で考え、それを職場の上司、会社と調整しながらキャリア形成をしようようという流れが生まれつつある。

HRMは2つの方向性に分かれる。1つはミクロ・インフラ的なHRMだ。社内の生産性をどう企画するかという人事管理。例えばステレオセットというのは、コンポーネントといって、ひとつひとつの部品によって成り立っている。それをうまい組み合わせにすると良い音がでる。良いコンポーネント、つまりここでは優秀な個人やチームをやる気にさせる、モチベーションを上げることによって生産性を引き上げる考え方に近いものだ。

現在は年功的な要素の比重が低下し、成果主義が浸透してきている。給与は頭打ちでポストも削減されており、待遇が低下した中である程度自分でキャリアを設計したいという考え方が強くなり、結果本人のキャリアモチベーションを上げる時代となっている。社内(ミクロ)HRMのベースは、社員に自分をマネジメントさせるインフラ型サポートとなりつつある。

もうひとつのHRMはマクロなHRM、戦略的HRM(Strategic Human Resource Management)。働く社員の納得性・モチベーションを安定的に高めるインフラ的HRMに対して、企業の外側の変化に対応するのが、戦略的HRMだ。

市場・製品・社会の考え方の変化に、会社がどう対応するのか。かつて春闘や労働闘争は業界ごとに行っていたが、いまは業界ごとの景気変動ではなくなっており、同じ業界の中でも、企業活動の個別化が進んでいる。例えば、バス会社もバスの運行以外に多角化を進めており、バス以外のところで儲かったりしている。

業界ごとに横を見ながら横並びに自分たちのHRMを作っていける時代はもう終わった。これからは自分たちで作っていく必要がある。マーケット、社会などマクロ環境における自社の位置、外部変化に柔軟に対応する強い組織作りを踏まえ、企業戦略としてのHRMと雇用システムを自分たちで、設計・実行していく時代となった。

多様な人材の採用・育成・活用を戦略的に考えるタレントマネジメントの導入も始まっている。外の変化に対応して、組織作りを進める中で、人材の教育のあり方とか、採用の仕方、配置の仕方が連動してシステム的に変わっていくというのが、タレントマネジメントの考え方だ。

タレントとは「才能」と日本語では訳されるが、基本的には「潜在能力」のことを指す。つまりタレントというのは才能なので、実際に、いま発揮している能力、顕在的な能力とは異なる。もっと隠れているその人の潜在的な能力とか、適性を早め早めに探し、、いい仕事を与えることによって育てるとか、効率的な人材育成の側面が強いのが、タレントマネジメントの元々の意味だ。多様な人材を探して採用し、育て、その人にうまくあった仕事を与える。まさにスーパー人事部のイメージだ。

外資系企業では古くから導入しているが、人事採用・組織設計にROI(return on investment・投資利益率)の概念を持ち込むことが日本企業でも始まっている。いままでは、入社何年目で管理職研修を受けなさいというのがあったが、部長になったら部長研修のように包括的に研修をしていた。しかし、例えば入社10年目で係長になった人がいるとすると、新しく係長になった人の能力というのはもちろん異なるし得意分野も違う。そこに一律の研修をするのは効率的ではないという考え方が一般的になってきている。

そこで人材育成にも管理会計的発想が導入されている。彼にはこういう理由でこういう研修を受けさせたい。彼にはこういう理由でMBA留学を認めたい。彼にはこういう理由でこのポストに就かせたいという考え方だ。管理会計の別名は戦略財務なので、1年目、3年目、5年目、10年目で、ちゃんと計画的に進んでいるかフォローするのが本来の姿だ。

ある外資系企業では100人単位の一般の大卒募集とは別に、2、3人~5、6人の特急組の採用を行っている。一般的な社員がマネージャーになるには、平均的に12年かかるが特急組は2年でマネージャーになる。つまり23歳で入った人は25歳でマネージャーになる。特急組に対しては手厚く教育投資し、例えば特急組の研修では年上をマネジメントする方法などがある。

日本企業でも高精度の管理・予測のための労働経済学的定量分析の導入が一部で進んでいる。この分野では、人事コンサルタントの林明文氏が書いた『人事の定量分析』(中央経済社、2012)など、参考になる書籍も出版されている。

企業活動の海外進出でグローバル人材の活用が課題に

日本経済の活動が海外に広がるにしたがって、日本企業が国内に持っていた意思決定機能が動いている。戦略決定、営業開発、製品開発、マーケティング、人事がどんどん海外の現地に移動している。企業の国際的な経営活動段階に応じた組織の在り方が変わってきている。

つい数年前のグローバル人材ブームの時は、派遣される日本人社員の話が中心だった。どういう人が海外で頑張れるのか。リーダーシップのある人をどう育成するのかなどがメインのテーマだった。

それが一巡して分かったことはグローバル人材を考える上で必要不可欠なのは、現地に派遣する日本人派遣社員の資質・教育にくわえて、現地採用社員の採用・育成・活用・待遇だという事実だ。

現地採用社員も実務人材から経営人材レベルとなり、意思決定ができる人材が求められている。日本企業でこれに取り組んでいる企業はまだ少ないが、グローバルコンピテンシー管理が論理的に必要になってくる。ただ、日本企業がこれに取り組むのは難しい。

日本企業の相談を受けていると、日本人社員と現地採用の社員で、人事管理の枠組みが違う。採用場所だけでなく、教育訓練、待遇、配置範囲、給料の決定の仕方が違う。それを分けることで、1社の中で2つの人種がいることを前提に、人事管理を効率化しようという考え方が、いまだにまだ大きい。

一元化するのは簡単な話ではない。GE、ファイザー、P&Gのような既にグローバル人事の歴史の蓄積を持つ企業を見ると、同じ枠組みでやっている。人材の評価、採用基準、評価基準、給料の決定などは基本的にオープンにしていて、ルールブックも最初に見せる。これを理解した上でわが社の方針に合う人、受け入れられる人は来てくださいとする。これが、いわゆるグローバルコンピテンシーの考え方だ。

その国の労働市場の実情にあわせて修正するケースもあるが、基本的には評価の仕方、評価ブックも同じものを作り、同じ給料の決定の仕方をしている。ファイザーに入る、GEに入ると、世界共通の基準を私は受け入れますということになる。

日本の製造業はまだまだアジアに出ていく時には低コストの労働力を求めていくことが多いので、進出目的とグローバルコンピテンシーが戦略的にあわないのが実情だ。

グローバル企業では、現地労働市場慣行と働く人の意識、特に報酬の在り方が重要となる。報酬の概念が日本とはかなり異なっている。日本は長期雇用の考え方なので、「仕事の報酬は仕事」ともいわれる。この仕事を頑張ったらもっといい仕事が次に回ってくる。いまは嫌な仕事かもしれないが、これを勤め上げたら本社に栄転だということがある。

ところが、日本と比べて短期雇用で契約主義的な雇用の方が世界では圧倒的に多い。そういう市場では仕事の報酬=給料と昇進なのだ。

日本の長期雇用は、短くても20年、標準的には30年はこの会社に居るという感覚で雇用制度を作っている。そうすると、仕事の報酬を巡る個人と会社のやりとりが、給料と昇進という単純なものではなくなる。この仕事をやれば、エリートコースに乗れるといったことが報酬となる。

一方、契約雇用というのは短期だ。IT、製薬、コンサルティング、投資銀行のような先端的な産業では、おしなべて変化が早く、知的生産性によって、稼ぐ人と稼がない人の差が大きく開く世界だ。その世界では、評価、査定、能力開発の期間が短期化される。先端的で給料が高い産業ほど、契約の期間が短くなってくる。2年とか、ちょっとゆるい業界だと5年とかとなる。

そうなると仕事の報酬というのは、2年間の間でちゃんと認めてもらい、もらう必要がある。日本企業ならば、お人よしで自分のやった仕事をあまりアピールしなくても、長期雇用でいろいろな人がいるので、誰かが見ていて、それが共有される。

しかし、雇用期間が2年しかなくて、同僚も2年だったら、一緒にいれるのは期待値として2年しかない。その中で認めさせなきゃいけないとなると、数字的で定量的な売上であるとか、成果をアピールしなければならないし、会社の方も積極的に数量化して拾わなければならない。そのため仕事の報酬は給料と昇進となる。

<課題を指摘する大藪専任講師>
課題を指摘する大藪専任講師

こらから本格化するHRMの課題~労働力不足、専門職のマネジメント

労働力不足が思ったよりも早く来ている。人口予測や高齢化は、まず外れたことがない、社会統計でもっとも精度が高い予測だ。日本で高齢化社会がくる、少子化がくる、労働力不足の時代がくると30年前から言っている。少子化対策担当大臣というポストも設けられた。だが企業は景気が良ければ人は取りにくくなるが、景気が悪くなれば応募してくるといまだに思っている。これは人口が増えている社会の常識だ。

人口が減少すると様相は一変する。いま優秀な人材がとれないという声が企業からあがっている。本当に優秀な若手というのが少なくなっており、優秀な外国籍の人材も入れなければならないとしばらく言われているが、なかなか踏み込めていないのが実情だ。この意味からしても、ダイバーシティーを本格的に考える段階にきている。

もう1つは専門職のマネジメントの問題がある。プロフェッショナル人材の社員か、ダイバーシティーの深化、研究開発、資格職、医療・介護など専門職需要の拡大にどう対応するのか。営業でもプロ化が進み、資格職ではさらに専門化が進んでいる。

一般企業だったら、あの人は人事に向いているから人事の係長にしよう、この人は経理の才能があるから経理に入れよう、彼女は海外勤務希望だから海外に配置しようと能力や希望に合わせた人事配置が可能だ。

ところが、病院や研究専門職などプロの世界はそれができない。彼は医療を良く知っているからお医者さんをさせよう、彼女は看護師だけどレントゲンに詳しいからレントゲン技師をさせよう、ということは当然できない。個別の個人ごとの技能や能力にあった配置ができないのが、プロの難しいところだ。また専門職では、職務の専門性があがればあがるほど、管理職は専門職を管理できないのも、組織マネジメントの視点からは悩ましい。

企業の人材育成システムの更新も求められている。社内における優秀な人材育成の機能は低下している。余裕がない。ビジネススクールのような外部機関の活用も必要となっている。内部資源と外部資源の活用が必要だ。いままでの日本企業はOJTに依存しすぎている。アメリカでは、OJTとOFF-JTの中間的な教育方法として、アクションラーニングやゲーム的な手法を使ったロールプレーといった教育方法が進化している。

ここ2、3年はアウトソーシングに新しい考え方が出てきている。従来は基本的に周辺的な業務をコスト的な観点からアウトソーシングしていた。それが行き過ぎ、顧客情報を委託先のエンジニアが持ち出すというような、組織コミットメント上の重大問題も起きている。

配置や活用は人事のコア部分なのでなかなか外には出せないが、採用や評価は外に出している企業も多くなっている。大きな企業だと、子会社を作りそこが採用を一括で行うという動きもある。

安倍内閣はエポックメイキングな内閣で、雇用・人事問題が政治的に重要な手段となっている。賃上げ要請まで、内閣が行なう時代となった。いままでは、雇用・人事は社内問題だった。それが、正規・非正規社員問題のように、社会問題となっている。会社が人事問題でコンセンサスを得る対象は社内だったが、新聞にどう書かれるのか、政府はどう動くのかを含めて考慮を行う必要が生まれた。

また、ヨーロッパではISO(国際標準化機構)の下部機関でHRMの国際標準化に向けた作業がはじまっている。切り口は労働安全で何時間以上の残業は認めないという視点。残業が多い会社は労働事故が多く生産性が低いので、こんなQOL(Quality of Life)軽視の企業とは取引をしない、そんな議論だ。

先ほどの女性活用、多国籍な人々の待遇の違いなどダイバーシティーについても議論されている。同一労働同一賃金の課題、同じ仕事をしているのにダイバーシティーの中でなぜ待遇が違うのか、OECD(経済協力開発機構)やILO(国際労働機関)も長らく課題となっている。

あと気になるのは、例えば、転勤は日本では普通のことと思われている。ところが、ヨーロッパやアメリカなど日本以外の国では一般社員が転勤することはありえない。外資系企業のトップが支店長や役員として日本に転勤する場合、赴任するだけで本給が倍になり、本給と同じだけの住居費や教育費など生活費が支給される。東京に赴任するだけで収入が3倍になる。

転勤を拒否したことで出世が遅れるような日本の状況は、海外から見ると超差別的な状況となっていることも知る必要がある。

Q&A

Q.自分よりも年上の人をマネジメントする上でのアドバイスは?

A.フォーマルオーガニゼーションとインフォーマルオーガニゼーションの話があるが、年下の上司が、年上の部下を指導する場面が、日本企業でも増えている。外資では昔からある。フォーマルオーガニゼーション、公式な組織では、上司であって部下の関係だが、インフォーマルオーガニゼーションという考え方があって、組織というのは仕事のための組織だけでなく、人間の気持ちも踏まえた組織だという考え方がある。

インフォーマルオーガニゼーションによると、古今東西を問わず、人間の序列の概念や基準は、基本的には年齢となる。仕事の場面以外では、年長者としての礼を尽くすことが第1段階として必要になる。具体的な職場のマネジメントとして、叱り方、ほめ方も年上、年下が逆転した場合は、重要な話となってくる。相談をする軍師的な存在として処遇するのも有効だ。

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