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慶應義塾大学ビジネス・スクール2014年度特別公開講座
成功する企業の「経営マニフェスト」
“Can You Say What Your Strategy Is?”
慶應義塾大学ビジネス・スクールは8月4日、三田キャンパスで、2014年度特別公開講座を開催した。今回は、ハーバード大学・ビジネススクールのスティーブン・P・ブラッドリー名誉教授が、成功する企業の「経営マニフェスト」“Can You Say What Your Strategy Is?”をテーマに講演した。
ブラッドリー名誉教授がデイビット・J・コリス ハーバード大学・ビジネススクール非常勤教授とかつておこなった共同研究で、フォーチュン500にランキングされた企業を対象に、経営幹部に自社の戦略を聞き取り調査したところ、同じ会社の経営陣でも語る戦略の内容が一貫せず、同じステートメントが共有されていないことがわかった。このことを契機に、「自社の戦略を40ワード以内で説明できますか?」というテーマの研究が進められた。
講演では、経営環境が変化する中で、ほとんどの企業において明確な戦略が掲げられていないことが指摘され、「戦略とは、業界内で長期的に有利な財務リターンを生み出せるポジションに企業を導く総合的な一連の選択のことをいう」という定義の下、業績改善のための戦略の必要性が語られた。以下、当日の講義の様子を紹介する。
スティーブン・P・ブラッドリー ハーバード大学・ビジネススクール名誉教授
専攻分野:競争戦略、企業戦略、産業進化論、戦略方法論、技術戦略
1963年:エール大学卒業(電気工学専攻)
1965年:カリフォルニア大学バークレー校修士
1968年:同校博士(オペレーションズ・リサーチ)
IBM勤務を経て、ハーバード大学・ビジネススクール教授
専門分野は競争戦略と企業戦略で、特にテクノロジーが産業構造と競争戦略に与えるインパクトに関する理論の大家。現在、同校の2つのエグゼクティブ向けプログラム“Designing and Executing Strategy-China”と“Aligning and Executing Strategy-India”の特務主任
近著は『The Broadband Explosion:Leading Thinkers on the promise of a Truly Interactive World』(Harvard Business School Press, 2005年)など
不透明な時代こそ、戦略が必要
グローバリゼーションや規制緩和、テクノロジーの進展などで、企業の競争環境は変化しつつある。例えば、医薬品業界では新しい創薬の仕組みが出てきており、いままでの業界の仕組みが通用しなくなってきている。
変化は複雑で、セクターを問わず新しい競争にさらされている。伝統的に強かった分野でも、既に競争力が弱体化しているかもしれない。そこで、新しい戦略や組織体制が必要となってくる。従来の企業は機能を中心とした階層化社会だったが、階層に則った考え方ではもはや不充分である。
どちらかというとアドホック的でネットワーキングを必要とし、新しい技術によるインターネットやコミュニケーションツールを使った事業活動が必要になってくるかもしれない。そうなると、従来の報酬体系や、従来の組織体制は、もはや成り立たなくなってしまう。
不透明な時代になってきている今、新しい取り組みや戦略、組織が必要で、そのためには組織を挙げて全員が同じ認識を持つことが大切になってくる。
しかし、そもそも戦略がない会社もあれば、戦略を記述する文章が何百ページもある会社もある。問題なのは、経営幹部が実際に戦略とは何かを理解していないことだ。戦略自体は一生懸命固めているし、戦略の内容も効果的であるが、それを明確に説明し、発信できていないことが問題なのだ。
明確に説明して発信できなければ、当然誰も計画に沿って適切な行動をとれない。ジャック・ウェルチがGEのトレーニングセンターで55回も同じ戦略の内容を同じ言葉で簡潔に繰り返し幹部に説明したように、はっきりと戦略を伝えてコミュニケーションを取り、戦略を実践してもらうことが大事である。
戦略とは何か?
そもそも戦略とは「業界内で長期的に有利な財務リターンを生み出せるポジションに企業を導く総合的な一連の選択のこと」だ。戦略には3つの重要な仕事が入っている。
第1は外部環境に関わる仕事である。外部環境を徹底的に精査して、その性質を理解する。マーケティング、技術関係、商品開発関係、オペレーションなどの部門の人々は、自身の分野については精通しているかもしれないが、戦略を考える人間としては、外部の全てを徹底的に精査して理解することが必須なのだ。
第2の仕事は内部の事業の選択である。全ての選択肢を十分にみて、競争優位を得るために事業を組み立てることが大切になる。
そして第3の仕事は競争上のダイナミクスを維持する、すなわち長期にわたって競争の優位を維持することである。IBMはホライゾン1, 2, 3という3つの軸で戦略を立てておリ、収益源である既存のコアビジネスの他に長期的な展望で計画される実験段階のプロジェクト、将来技術化できるものを検討している。そうすることで競争優位性を生み出していくのだ。
良い戦略かを判別するテスト
良い戦略かを判断するには、いくつかのテストがある。その中の1つめは外部に対する一貫性だ。その戦略が一貫して独自の方法で外部から与えられた機会を十分に生かし、他社からの脅威を無力化しているかどうか。
戦略はユニークであるべきだが、決してベストであることが必要ではない。例えば、テレビ産業の液晶テレビやプラズマテレビは、どれも本当にベストプラクティスを実践していて、互いの技術を模倣しあってどんどん良いものを作っている。できあがったテレビは最高の物である。しかし、事業が拡大していたとしても、それは利益なき拡大に過ぎない。
ユニークであるということは他社からの脅威を排除することだ。アップルコンピューターが1つの例だ。アップルはパソコンにおいてうまくユニークさを出すことが出来なかったが、パソコンの経験を踏まえて創り上げたiPodは、優位性や特異性を十分に出して外からの模倣を無力化することに成功した。iTunesをもって音楽のコンテンツをコントロールし、他社の介入を許さなかった。模倣を排除することで自らを非常にユニークな立場におき、そこから一連の成功が始まった。
もう1つは「明日や将来のための決断を今する」という内部に対する一貫性を保っているかどうかだ。IBMのホライゾン3がその例で、実験的な新しい試みかもしれないが、それが将来の成功につながる。
戦略はパフォーマンスを高めるために必要なものだ。外部環境におけるポジショニングというのは、持続可能な競争優位を得るために外部環境に対応可能なリソースと能力をマッチさせる、まさに市場で勝ち組になるということである。
内部の一貫性の維持とは、権限を委譲された機能上の決定とポリシーを、競争上の優位を得るための選択と一致させることである。つまり、実行し行動することを通じて勝利するのである。戦略の90%は内部の一貫性で、実行することによって勝つことを意味している。
外部環境におけるポジショニングについては、マイケル・ポーターが5つの要素(新規参入企業の脅威、サプライヤーとの駆け引き、顧客との駆け引き、競合企業との競争、代替製品の脅威)を挙げているが、いまでは6つの要素となっている。6つ目の要素は、補完するものの影響である。いまや業界を越えて協力しあい、競争しあうというのが現実の姿となっている。
例えば、iPodは単にMP3のプレイヤーで、単独で評価するなら他よりちょっといい程度のプレイヤーかもしれない。しかし、アップルは補完するものに投資をした。すなわち、音楽というコンテンツを供給するプロバイダーに投資してiTunesを作ることによって、他社が音楽にアクセスすることを阻んだ。アップルがきわめてユニークな立場に立てたのは、補完するものに力を入れた結果である。
戦略のスイートスポット
外部環境におけるポジショニングには、戦略のスイートスポットというものがある。競合企業はどういうものを提供しているのか。顧客は何を求めているのか。他社にはできず自分たちだけにできること、それがスイートスポットになる。iPad、iTunesはその一例だ。
先ほど述べたテレビ産業はスイートスポットを見つけられないでいる。全員が同じ競争をして、同じ顧客に同じ製品を売っている。お互いにベンチマーキングはするがスイートスポットを見つけられないでいるため、全員が儲かっていない。
影絵の騙し絵を見る時のように、何かを考える時も既存の認識や今までの経験・知識が制約になってしまい、なかなか事実が見えないことがある。特に移行期で新しいものを模索している時には、新しい視点がないとなかなか現実の環境を見ることができなくなる。
例えば半導体のメモリーでは、アメリカのマイクロン社が日本のエルピーダ社を昨年買収した。彼らの作っているものはコモディティ化された半導体だ。どんどん業界で淘汰が進み寡占化が進んでいる中、新しい視点で新しいバリューチェーンの高いところを目指すことが必要となってくる。
今まではとにかくコストを下げることに集中してきたが、そういう人たちには将来を見越すビジョンや洞察力、変化を促す見方が欠けてしまっている。どう組織が変わるべきかを見極めるためにも、新しい戦略を考えられるような人が組織にいることが重要になってくる。
組織内の統一とは、「こういう競争優位に立ちたい」という自分の考えを達成するために、社内の全ての機能、あるいは行動を統一するということである。
戦略とはまさに「選択」のことであり、究極的にはトレードオフを伴う。トレードオフをバランスさせることで模倣を排除し、独自の競争優位性を担保する。戦略には部門間の一貫性と長期的な一貫性の両方が必要となるため、全ての部門が足並みをそろえて同じ競争優位性を追求することが不可欠だ。
次に、「戦略」にはどのような要素が存在するのかを考えてみる。
全ての戦略に含まれる要素…目的、強み、範囲
明確な戦略をマネジメントで終始徹底するには、目的(objective)、強み(advantage)、範囲(scope)について考える必要がある。目的とは最終地点を明確にすること、強みとは手段、範囲とは領域を明確にすることだ。目的、強み、範囲の頭文字をとって、我々はOAS戦略ステートメントと呼んでいる。
「目的」は組織内の行動を動機付ける最も大きな目標を指し、時間と期限を設定する。「シェアのトップになりたい」というだけでは不十分だ。どの程度の期間でどの程度のシェアを取るのかを明確にしなければならない。
競争上の「強み」とは、競合他社に比べて異なる点、優れている点や特別な点である。サービスや製品を購入する顧客にとって、明確に心を動かされるような価値提案である。
そのためには、社内で顧客にとっての価値提案を書き出して考えてみたり、自社の「強み」の促進要因と理由等を分析することも効果的だろう。
「範囲」においては、自分たちがやらない領域を明確にすることが最も重要だ。この顧客層は対象外だという判断ができない企業の戦略は効果的とは言えない。
OAS戦略ステートメントをまとめることで、社内の認識を統一させて明確に戦略を発信でき、組織全体として行動に移すことも可能になる。
全てのビジネスユニットにおいて、明瞭で正確、かつ要点を明確にした戦略ステートメントが必要となる。それは実用的であり、自社の強みを支える全ての活動(部署)に一貫性を持たせるものでなければならない。同じ戦略を支えて、皆が同じ方向を向かなければならないのだ。
そのためには、まず経営陣の中で簡潔なステートメントをまとめ、そこで合意を得る必要がある。トップがここで全員が納得するステートメントを作れなければ、それを組織に波及させることも当然できないだろう。
サウスウエスト航空の戦略ステートメント…目的は何か
OAS戦略ステートメントの例として、資本コストの回収が難しいとされている航空産業の中で45年間全ての四半期で黒字を出し続けているアメリカのサウスウェスト航空について説明しよう。
同社の「目的」は常に15%成長を達成すること。「強み」は格安航空会社であること。「範囲」は短距離路線を小規模空港間で運行し、ゲートでの所要時間の短縮をもたらすシンプルなサービスにある。同社の社員に自社の戦略を聞くと、ほぼこれに近い回答が全員から返ってくる。
格安チケットでも経営が成り立つのは、機内食を出さないこと、他の航空会社とのコネクションを提供しないこと、また航空機材をボーイング737に統一することでパイロットとクルーの育成を効率化していることなどが要因である。
機材を効率よく使っているため、着陸して15分後にはまた出発できるし、乗客が自分のゴミをまとめるので清掃係りも不要だ。このように、とにかくコストを徹底的に抑えているため、格安で航空券を提供しても非常に収益性の高い航空会社になっている。
「目的」は行動の動機付けとなる。シンプルで広がりがあり、測定可能な数値であることや期限が決まっていることが重要である。できれば、「目的」は1つであることが望ましいが、複数の「目的」を設定する場合は優先順位を明確にする必要がある。
「目的」の選択は企業に大きな影響を与えるということを、アメリカの航空機メーカーのボーイング社を例に見てみよう。1990年~2000年の間、ボーイング社にとっての「目的」は、「シェアでNo.1になること」だった。この間の同社の株価チャートは、格付け会社のスタンダード&プアーズ社が提供するアメリカの代表的な株価指数「S&P500」とほぼ同様な動きをしていた。
ところが、2000年以降ボーイング社は、エアバス社との競争もあり、「世界で最も利益率が高い企業になる」と「目的」を変更した。「目的」を利益率に変えて以降のボーイング社の株価は、S&P500をはるかに上回っている。従来は、ピーク時の需要にあわせて生産設備を持っていたが、利益率を優先させ、いくつかの工場を閉鎖しコストを削減した。
ウォルマートの価値提案…強みは何か
「強み」とは競合他社と比べて異なる点や優れている点、特別な点であり、顧客への価値提案、顧客のメリット、また顧客が自社を選択した理由等が要素となる。
15年前のウォルマートの価値提案の評価結果を紹介する。まず、ウォルマートにとってのターゲット顧客を考え、その顧客にとって重要な項目を1位から順に考えた。
その結果、毎日低価格であることが最も重要な項目となった。価値提案の重要度は、毎日低価格であることから順に、多様な品数、地方での利便性、安定した価格、充実した在庫、商品の品質、郊外での利便性、同一品目の品揃え、店員のサービス、雰囲気となった。
価値提案とは、全ての人に全ての価値を提供するということではない。ウォルマートでは洒落た雰囲気や店員のサービスは重要ではなく多様な品数が重要であるように、価値提案にはっきりと強弱がついている。顧客にとって何が重要かをはっきりと決めて、自社が力を入れるべき項目を選んでいる。
このように自社を評価し、競合他社も評価することで、自社の強み、弱み、強化すべき点が分かってくる。
エドワード・ジョーンズの戦略…範囲は何か
ここで、アメリカの証券会社エドワード・ジョーンズについて紹介しよう。パートナシップ形態の運営で、株式会社としての形態をとっていないのが特徴だ。大成功の秘訣は既存の競合他社が決してマネできないような、極めてユニークな方法を採用していることだ。
2008年の同社の戦略ステートメントは「1人店舗の全国ネットワークを通じ、自社に投資決定を委任する保守的な個人投資家に対して、利便性と信頼性が高い個人向けサービスと投資アドバイスを提供し、ファイナンシャルアドバイザーを2012年までに1万7000人に増やす」であった。
対面であることが重要で、信頼に足る、そして非常に利便性の高い拠点を重視している。1つの街を1人が管轄しており、教会で老後の備えをどうしたら良いかといった講演をするなど、運用を任せてもらえる保守的な顧客を地域で探している。投信、一流銘柄、債券といった極めて手堅い商品しか提供しない。
「範囲」とは事業を展開する競争する領域のことで、顧客、チャネル、テクノロジー、地域、製品とサービス、バリューチェーンの活動など、複数の側面から定義できる。ここでは製品・顧客、地域、バリューチェーンの3要素で線引きをしている。
エドワード・ジョーンズでは範囲外の活動を明確にしている。機関投資家は顧客にせず、リスクの高いペニー株(1株1ドル未満の株式)は扱わず、オンライン取引もやらず、デイトレーダーにも対応しない。つまりオンライン取引やデイトレードをやらないのでシステムを作る必要がない。自分が領域と決めたことについて自由度をもって対応するのだ。
トレードオフはとても重要なものだ。何かを得るための選択をすると、必ず何かを捨てることになる。当然企業では全ての物を全ての人に提供することはできないので、何をやって何をやらないのかを決める必要がある。
トレードオフを適切に設計すると、模倣はコスト高となり、既存のライバルは模倣ができなくなる。例えばメリルリンチがエドワード・ジョーンズのやり方を真似ることは決してない。競合他社については十分にベンチマーキングをする必要がある。
ベターなことをやるのではなく、「違うやり方」をする戦略が重要だ。明確にはっきりとトレードオフを考えていく必要がある。
OAS戦略ステートメントが規定するもの
OAS戦略ステートメントは、何を達成しようとしているのか、進展状況をどのように測定するのか、どのような領域で事業を展開するのか、目的実現のためにどのような手段を使うべきかを規定している。
市場で勝利を収めるということは、正確な競争的ポジショニングを促すということである。その結果、全社的に必要な行動への理解が深まり、戦略がきちんと実行できる。経営陣の間にコンセンサスが形成されれば組織全体としての取り組みも可能になる。
では、あなたは40ワードで自社の戦略をまとめられるだろうか。仲間の戦略とはどの程度似ているのか、似ていないのか。
全員が同じ戦略ステートメントを持つことができる、あるいはそれを説明することができる企業は、それができていない企業よりもパフォーマンスがはるかに上回っている。
是非、みなさんにも戦略ステートメントをまとめてもらいたい。ただ単にまとめるだけでなく、自社を選択してくれた顧客にとっての価値提案を考え、自社が選んだ競争優位を可能にする活動マップを提案して欲しい。その一連の過程を経験することで、その成果と価値が大きいということを実感できるだろう。
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