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「よなよなエール」「インドの青鬼」「水曜日のネコ」など印象的な商品名のクラフトビールを製造・販売するヤッホーブルーイング。コンビニと共同開発した商品もヒットを飛ばしている。ビールメーカーの枠にとどまらず、独自の取り組みで多くのファンを生み出している同社。井手直行社長にヤッホーブルーイングの戦略や経営方針などについて聞いた。
多様性が受け入れられてクラフトビール市場は拡大
──クラフトビール市場の状況を教えてください
キリンビールが定期的に市場動向を出していますが、それによるとビール類ではクラフトビールは好調で、上昇気流に乗っていると言えます。
ブルワリー(ビール醸造所)の数も毎年増えています。中でも一番多いのは都心を中心としたビアパブですね。クラフトビールを作って、そこでレストランも運営する形で、比較的小規模なブルワリーが多いのが特徴です。
──ビール全体で見ると市場規模は下がっているものの、クラフトビールは拡大しています。その要因はどこにあるでしょうか
従来のビールは均一な味でしたが、酸っぱいビールや苦いビールなど多様性が受け入れられるようになってきたのだと思います。世界的にもクラフトビールが広がる中で、その流れに遅ればせながら日本もようやく追いついてきたという感じです。
1万件近くのクラフトビールがあるアメリカは、数量ではビール市場のシェアが十数%ですが、金額換算では25%近くあります。アメリカに追従するような伸びが各国で見られます。
セブンイレブンと共同開発した「有頂天エイリアンズ」が好調
──クラフトビール市場が盛り上がる中で、最大手であるヤッホーブルーイングの位置づけをどう捉えていますか
店頭で手に取って買いやすい環境を作るのが我々の大きな役割だと思っています。クラフトビールに馴染みを持ってもらうということを、我々が先頭に立ってやっていきたいです。
その意味では、今年の5月からセブン-イレブンで「有頂天エイリアンズ」というビールを扱ってもらえたのは大きかったですね。これは日本のビール文化に新しい一歩を踏み出したんじゃないかと思っています。
──「有頂天エイリアンズ」は、プレミアムビールカテゴリで発売から4週連続で販売数1位と売れ行きが好調ですね
売上は当初見込みを超えました。驚異的な売れ方です。セブン-イレブンからは(一般のビールよりも高い)350円のビールがこんなに売れるのかといった感想をいただいています。
──その勝因は
採用している「ヘイジーIPA」というビアスタイル(ビールの種類)が、日本で手軽に流通したのは初めてです。一部のブルワリーでは作っていましたが、今回のように全国的に流通していませんでした。
しかも一般的なヘイジーIPAは600~1000円の価格帯が多い中で、半額くらいの価格です。クラフトビールのファンからは「こんなにお手軽な価格ですごい」という声がSNSなどで寄せられています。
──興味深いのが「有頂天エイリアンズ」の客層です。セブン-イレブンのビールカテゴリ全体と比較すると、若年層が2.3倍、女性が1.3倍です
大手メーカーのビールを買われている方とは明らかに層が違います。そもそもクラフトビール全体の客層は、感覚的には大手ビールメーカーの客層よりも10~15歳ぐらい年齢が下だと思います。
──新規顧客の割合もビールカテゴリで1位です。併売商品では洋菓子や和菓子、アイスとなっており、その点も大手メーカーのビールと異なります
データを見る限り、おつまみと一緒に買う方もいらっしゃいますが、それよりも「美味しい食事用」としてこだわった食材と一緒に買われている傾向があります。食事を中心に、豊かな時間を過ごしたいというニーズがクラフトビール、特に「有頂天エイリアンズ」にはあるんだと実感しています。
2014年のローソン共同開発で残っているのは「僕ビール君ビール」だけ
──今回のセブン-イレブンとの共同開発よりも前に、2014年にはローソンと「僕ビール君ビール」を開発しています。当時と今回で何か違いはありますか
あれから11年経っているので、今の方がクラフトビールが多少は身近になっています。今思うと、ローソンはよく一緒にやってくれたなと思います。先方によると、2014年に共同開発したさまざまな商品の中で、今でも残っているのは「僕ビール君ビール」だけです。
そういう意味では「有頂天エイリアンズ」もすごいですが、販売の難易度は当時の方が高かったんじゃないでしょうか。当時はクラフトビールがコンビニで売っていない状況で置いていただきましたから。
──そうなると、次はファミリーマートとのコラボを想像してしまいます
どうでしょう、先方の意向もありますし。そういう風になれば面白いかもしれないですが、今のところ予定はないですね。
今期は売上・利益ともに過去最高を更新する勢い
──業績は19期連続の増収の後、コロナの影響で2022年11月期の売上は微減でした。足元の状況は
今期(2025年11月期)は過去最高の売り上げと利益を更新する勢いです。前年比で売上は2桁増収、利益はそれ以上の伸び率になる予定です。装置産業のため、量が増えると飛躍的に利益率は良くなります。
──好調の要因は何でしょうか?
先ほどの「有頂天エイリアンズ」がきっかけとなり、クラフトビールが浸透してきていることが大きいです。「有頂天エイリアンズ」を中心にコンビニで商品が多く置かれるようになりました。セブン-イレブンだけでなく、ローソンも以前から置いてもらっており、最近ではファミリーマートも扱ってもらっています。
──小売店やEC、リアル拠点での直販などのうち、売上に占める割合は
詳細は非公表ですが、大多数は卸を通じたコンビニやスーパーなど流通の売上です。まだまだ地方を中心にクラフトビールを扱っていないお店はたくさんあるので、おそらく流通の比率は上がっていくと思います。
ECは、自社サイトではグッズやエンタメ企画もやっているのでそれを目当てに訪れてもらったり、あるいは「重いから送って」という通販特有のニーズもあるでしょう。それでもシェア的には流通は伸びしろがあり、比率はじわじわ上がるでしょう。
──今後の市場シェア拡大には、若い世代や女性層の取り込みが大事になりますか
特に若い方や女性にフォーカスを当てるという感覚はないです。むしろ、若い人以外の中年やシニアの方でクラフトビールを飲んでいない方がいっぱいいらっしゃるし、そこのほうがボリューム的には大きいと思います。
ファンづくりは「やり方」ではなく「マインド」が大事
──ヤッホーブルーイングは多くの熱狂的なファンがいます
ファンに喜んでもらうようなイベントや活動はとても重視しています。北軽井沢のキャンプ場で「よなよなエールの超宴」というイベントを行ったり、東京でよなよなエール公式ビアレストラン「よなよなビアワークス」を貸し切りにしてやったりしています。
そういう拠点を今増やしていて、その1つが北海道北広島市にあるプロ野球・北海道日本ハムファイターズの球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」内に設けている醸造所「そらとしば by よなよなエール」です。見学ツアーなども実施し、ビアレストランには試合がない日も来店してもらっています。
──SNSやウェブメディアによる発信も精力的に実施しています
リアル拠点がない場所もたくさんあるので、SNSなどを通じて面白い企画でつながることも大事です。
──ファンづくりのコツは何でしょう?
Howという「やり方」的なことよりもそれ以前の「マインド」が一番大きいです。ビール好きの人たちに心底喜んでもらい満足してもらうということに、真剣に思いを寄せられるかどうかでしょう。そこに尽きると思いますね。
そのためには、「クラフトビールを通じて日本のビール文化を変える」という会社の使命に対して、多くのスタッフに共感してもらい実行してもらえるかが大事になってきます。
──そうした社内の一体感を醸成する意味では、チームビルディングも強化しています
チームビルディングのプログラム数は年々増えていて、希望者向けに5種類のプログラムがあります。これは受けたからすぐに効果が出るというわけではありません。じわじわと形になってくるので、なかなか大変です。2009年からずっとやっていますが、業績が好調なのは間違いなくチーム作りに力を入れてきたからです。
──目指す組織像は
以前はカリスマリーダーがいいと思っていました。ただ、チームビルディングを学んでいくうちに、カリスマがいなくなっても継続的に事業を行うには、組織としてみんなと力を合わせてやっていくのが一番いいと思うようになりました。リーダーが組織を引っ張るという考えから、リーダーが良いチーム作ってみんなで楽しく最大の力を出すという考えにだんだん変わっていきました。
──離職率も低いのですか
1~2%と低いです、辞めるときもポジティブな理由からです。
競合はビール4社だけでなくディズニーや劇団四季も
──長野に本社を構え、北海道に「そらとしば by よなよなエール」があり、大阪の泉佐野市には来年夏までにヤッホーブルーイング大阪醸造所「よなよなビアライズ」をオープンします。地域活性化を意識しているのでしょうか
それを最優先に考えているわけではありません。我々は「ビールに味を!人生に幸せを!」をミッションに掲げており、クラフトビールを通じて日本のビール文化を変えるというのが大前提です。
そのミッション遂行のために、たまたま地方で素晴らしいパートナーが見つかり、ご一緒できたという流れです。とはいえ地域活性も大きなテーマではあるので、「そらとしば」も「よなよなビアライズ」も一緒に地域を盛り上げたいです。
──「よなよなビアライズ」は体験型ブルワリーということですが、具体的な仕掛けは
醸造所の見学ツアーを1日複数回やったり、さまざまなビール講座を開いたり、ファンイベントを実施したりする予定です。ただのビール工場ではなく、見学もできて、楽しい講座も受けて、ファンイベントもできて、周りの施設とも協力しながらやっていきたいと考えています。
──ヤッホーブルーイングの一連の動きを見ていると、メーカーの枠を超えてクラフトビールを軸にしたコンテンツマーケティング企業のようなイメージです
以前の事業はビール屋でしたが、今では「ビールを中心としたエンターテイメント事業」と言っています。イベントや見学ツアー、そのほかにも面白いコンテンツの発信などで喜んでもらいたい。
ビールを中心としたエンタメ事業という意味では、競合となるのはビール大手4社(サントリー、キリン、アサヒ、サッポロ)だけでなく、ディズニーランドや劇団四季なども意識しています。
──劇団四季までですか?
はい。劇団四季は本当に素晴らしい。感動します。
──なるほど。とはいえ、エンタメ事業でありながら「日本のビール文化を変える」という大きな使命がど真ん中にあり、そこはブレずにやり続けると?
そこはブレないです。ジュース屋にもなりませんし、ウイスキーも作りません。ビールを中心としたエンタメでまだやれることがたくさんあります。その1つが「よなよなビアライズ」で、これがある種の集大成になります。
■井手直行社長略歴
生年月日:1967年9月28日(福岡県出身)
1988年:国立久留米高専電気工学科卒業。大手電気機器メーカーにエンジニアとして入社。その後広告代理店などに勤務
1997年:ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社
2004年:楽天市場担当としてネット業務を推進。看板ビール「よなよなエール」を武器に業績をⅤ字回復
2008年:社長に就任
ニックネーム:てんちょ
著書:「ぷしゅ よなよなエールがお世話になります」(東洋経済新報社)
取材・執筆 比木暁
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