酒類販売の「カクヤス」が新たな成長戦略をスタートさせた。今期(2026年3月期)から3カ年の中期経営計画で「物流」を軸とした販売プラットフォーム企業に再編する方針を表明。5年後の2030年3月期には売上高で1.7倍の2300億円を射程に入れる。7月1日には持株会社「カクヤスグループ」の社名を「ひとまいる」に変更した。ひとまいるの前垣内洋行社長兼CEOが目指す「カクヤス」の未来の姿とは。
強みを生かした再編、たどり着いたのが「プラットフォーム化」
──プラットフォーム化へ舵を切りました。まずはその狙いについて教えてください
我々が今営んでいる酒類販売業の市場環境は大きく変化しています。特に、コロナを機にお酒という商材の消費動向が変わりました。ご記憶のようにコロナの時期に会社の宴席が減ったり、居酒屋さんが苦戦したりしました。そもそも一人当たりの酒類の消費量は平成に入ってから減少しており、コロナを経てさらに減っています。
──酒類市場は1996年にピークを迎えてそれ以降はシュリンクしています
我々としても酒類消費量の減少に伴って次の柱を建てる必要があるとずいぶん前から考えていましたが、コロナを経た後の世界を見た時に「一刻も早く次の柱を建てないといけない」と判断しました。
──その柱が「プラットフォーム化」だと?
はい。これまで酒類販売業を営みながら、物流に力を入れてきました。我々の強みである物流を全面に出した再編の形を考えた際に、たどり着いたのが「プラットフォーム化」です。
物流という業務は、ただトラックとドライバーをそろえればいいということではありません。販促・受注・決済・請求書発行・お届けといった物を売る一連の流れの中で物流を捉える必要があります。そこで物流を軸とした販売プラットフォームを構築します。商品もお酒に限らず、食材などお酒との親和性が高いものを扱っていきます。
さらに我々の特徴として、ビールの空き瓶や樽をお届けして、空いたものを引き取る「ツーウェイ物流 」を行っています。動脈と静脈の両方(お届けと持ち帰り)を持つ物流を生かせるのではないかと考えました。
アマゾンや楽天市場にはない部分を武器に戦う
──中計では、マーケットプレイスの構築が掲げられているため、アマゾンや楽天市場のようにさまざまな小売企業が出店し、ひとまいる社は集客に注力するようなイメージを持ちましたが、実際は少し異なりますね
お酒に限れば最も取引量の多いECサイトを運営していると自負していますが、それ以外のカテゴリまで広げると、取り扱っている商品点数は大手よりも格段に少ないです。ポイント制度や販促面でもかないません。
我々としてはアマゾンや楽天に真っ向から勝負する気はありません。ただ、彼らになくて、我々にあるのは自社で持っている物流です。ツーウェイ物流もそうですし、1時間枠での配達指定も他社さんには難しいでしょう。そこが我々の強みになります。
──そうした物流サービスにどういう商品がマッチするでしょうか
すぐに対応できて、ツーウェイという意味では、クリーニングなどははまるかもしれません。あるいはスマホの修理。これは壊れたらすぐに直してほしいものですから、当社の物流サービスと相性が良いと考えています。
いずれにせよ多種多様なものを扱うことは難しいでしょう。特にtoC(一般消費者向け)に関しては我々の特性が生きる領域に絞る必要があります。そこにマッチする会社とアライアンスを組むかM&Aを行うか、もしくは出店いただくか、やり方はいろいろ考えられます。
──飲食店などtoBでのイメージは
我々の売上の7割が飲食店などのtoBで、4.5万店以上のお客様がいらっしゃいます。これまでは多くのお客様にお酒しか売ってきませんでした。しかし飲食店ではお酒と同時におつまみも出されます。
我々としては、食材を扱う会社とM&Aやアライアンスを組むことで食材の領域に進出し、既存のお客様に対してお酒に追加して「こちらもどうですか?」と新たな商品のご提案ができます。
飲食店向けと家庭向けを混載、リッチな物流サービス確立
──物流面では、ビール1本から無料配達、早ければ当日配達というサービスを打ち出しています。こちらの対象エリアは?
東京23区のほかに、神奈川県・関西・九州の一部地域でも実施しています。飲食店や一般のご家庭の需要が一定程度集積している場所で成り立つサービスなので、その意味でエリアを決めて実施しています。
──ビール1本から1時間枠の時間指定で無料で届ける、しかも最速で当日からというのは、かなり高品質でリッチなサービスだと思います。どのように実現していますか
飲食店向けのサービスをそのまま一般の家庭に展開しています。仮にtoCだけにサービスを展開した場合、toCのお客様は毎日は注文されないですし、注文数量も飲食店よりも少なく、なかなかサービスが成り立ちません。我々はベースとして飲食店のお客様がいらっしゃるので、そこに一般のご家庭向けの商品を混ぜることで、リッチなサービスをご提供できています。
今回のプラットフォーム化にあたり、物流については許認可を取得し、白ナンバーを緑ナンバーや黒ナンバーに変えて他社の商品を運べるようにしました。大きな投資はせずに、当社の配達サービスを他社にも提供できる準備が整っています。
これを一から構築すると大変ですが、我々はすでにお酒を運ぶ物流を持っていますので、それを活用することで車両を大幅に増やしたりすることなく、スムーズに他社向けの物流サービスも展開できるのではないかと考えています。
──このほど東京・大田区の「平和島センター」を増床し、他社の荷物を扱う拠点を2000坪(約6611m2)確保しました
業務は子会社のひとまいるロジスティクス(旧大和急送)が担いますが、ある程度の荷物をこなせるキャパシティは準備できています。すでに物流で困られている会社さんから引き合いをいただいており、どういうサービスが当社の物流としてうまく当てはまるかを考えて交渉させていただいているところです。
札幌・仙台・名古屋・広島などへの進出を視野
──エリア展開についても教えてください。
現在、我々の事業エリアは「首都圏」と「関西」、それとコロナ禍で進出した「九州」の大きく3エリアがあります。
これらのエリアについてはまだマーケットが大きく、他のエリアからの人口流入もあるため、これまで通り酒類販売業でもトップライン含めて成長の計画が立てられます。それでもやはりマーケット縮小の影響を今後ずっと避けることはできません。
──新たなエリアの進出計画は
札幌・仙台・名古屋・広島などの人口集積地への進出を検討しています。おそらく酒販業としてtoBでの進出になるとは思いますが、それをtoCにも展開していく形を想定しています。
我々としては「プラットフォーム企業になります」と言いつつ、展開エリアが3つしかないのは課題だと思っており、エリアを広げる必要性は感じています。そこまで仕上げて一区切りかなと思っています。
店舗の役割見直し、配達の効率最大化を目指す
──現在の店舗数はどのくらいですか
「なんでも酒屋カクヤス」が約160店舗あります。それ以外に飲食店向けの出荷を担う「小型出荷倉庫」なども含めると合計約250拠点になります。
──「カクヤス」店舗のバックヤードもストック拠点のような形で、倉庫のような使い方をしているのでしょうか
店舗の役割として「飲食店向け配達」「一般家庭向け配達」「店頭販売」の3つがあり、大型の店ではこの3つの機能をすべて備えているところもあります。
──前期(2025年3月期)の「店頭販売」の売上は全体の11.5%と多くありません。今後、店のあり方を再構築する方針を掲げています
これまでは業務用と一般家庭向けをセットにして出店してきました。ただ、今後物流に主軸を置いていく際に、店舗のあり方も配達の効率を最大化できるようにすべきです。立地や店のサイズに応じて、ここは無理には出さないという判断もあるでしょうし、お酒の専門性を高めて大きな店舗を出すという選択肢もあり得ます。
店ごとにどういった役割を期待するかをしっかり定義付けしなければいけません。仮にすごく狭小な物件であれば、店頭販売はせず出荷拠点にし、店頭で買いたいお客様には近隣の大型店へ誘導するという方法もあるでしょうし、ウェブを案内するのも有効でしょう。
──「なんでも酒屋カクヤス」の店舗は今後増やしますか、それとも減らしますか
配達効率の最大化を目指す店舗にすべきと考えた場合、やはり減っていくのではないでしょうか。一方で、例えば商品知識が豊富なスタッフはお酒を選んでいただくための拠点に配置し、その店を魅力的な販売拠点にしていきたいです。
我々としては事業を再編していきますが、酒類販売を劣化させようとまったく思っていません。その意味で、店頭販売についてもスタッフやMD面で高い価値を提供し、お客様のニーズを満たしていきたいです。
──既存店のリニューアルも進めるのでしょうか
そのつもりです。コンビニやスーパーといたずらに戦うのは我々としては本意ではありません。「酒屋」という立ち位置で商品を展開し、お客様にもお酒を選ぶという目的でご来店いただくことで差別化ができます。
あるいは想定できる別の形としては、今後我々のグループに入っていただく販売会社の拠点に変えていくというやり方もあり得るでしょう。
──持株会社は7月1日付で「ひとまいる」に社名変更しましたが、事業会社の「カクヤス」は変更していません。そこは先ほどの「酒類販売を劣化させるつもりはない」という思いとリンクするのでしょうか
そうですね。「ひとまいる」となったことで「『カクヤス』の屋号も変わるのですか」と聞かれるのですが、そうじゃない。カクヤスはお酒の販売業者としてこれからもしっかりと事業をやっていきます。そこは強調したいところです。
コロナをくぐり抜けた経験から事業再編にも自信
──今回の再編によって5年後には売上高2300億円を目標にしています
何十年もかけて最適化された物流を我々は持っていますが、新たな事業の柱を作り上げる自信はあります。何故かというと、コロナ禍をくぐり抜けてきた経験があるからです。
コロナで飲食店向けの需要が一気に減りました。しかし、対照的に一般家庭向けのお届けが1.5倍くらい増えました。この時、飲食店の需要が減ったことで、リソース的に一般家庭にも運べました。
そしてコロナの終わりが見えた時に飲食店の需要が戻っても、一般家庭向けのお届け需要は1.3~1.4倍くらいで高止まりしました。その際に他社さんでは、リソースが足りず飲食店向けは運べなかったり、運ぶ回数を減らしたりするところもありましたが、我々は問題なく運べました。
というのも、コロナ禍で2021年3月期と2022年3月期は2期連続で赤字でしたが、そのさなか都内に22の「小型出荷倉庫」を立ち上げていたのです。これがあったおかげでコロナがおさまって飲食店の需要が盛り返した際も、しっかりと物流面で対応でき、問題なく運ぶことができたのです。
あの大変な時期に独自の物流網を構築して乗り越えてきたことが、我々の強みになっています。
■前垣内洋行社長略歴
生年月日:1972年5月16日(埼玉県出身)
2001年:国士館大学院政治学研究科憲法学専攻 修了
2002年:カクヤス(現ひとまいる)入社。財務経理部門の執行役員としてグループ内事業再編や新規上場業務に尽力
2020年:カクヤスグループ(現ひとまいる) 取締役就任。M&A業務を中心に従事
2023年6月:代表取締役社長就任
2024年6月:代表取締役社長兼CEOを務める
取材・執筆 比木暁
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