イケア/リアルな顧客像で「展示」を「提案」に変える「ルームセット」の極意
2023年09月28日 10:00 / 流通最前線トレンド&マーケティング
イケアは1943年7月28日、スウェーデンで創業し、今年創業80周年を迎えた。実質的な日本1号店は2006年に開業したIKEA船橋(現・Tokyo-Bay)で、店内で実際の部屋を再現した「ルームセット」と呼ばれるディスプレイが人々を魅了した。「ルームセット」は単に美しく商品をディスプレイするだけでなく、一人暮らし、カップル、ファミリーといった、お客に合わせたライフスタイルを提案する場でもある。日本の小売業にはない圧倒的な規模で展開する「ルームセット」は、なぜ、生まれたのか?大型店ではなぜ、50以上も「ルームセット」を展開するのか?イケアの代名詞とも言える「ルームセット」の極意について、イケア・ジャパンの谷川舞カントリーホームファニッシング&リテールデザインマネジャーに聞いた。
家具を売るのではなくて「家での暮らしをより良くする」提案重視
――イケアのルームセットが生まれた背景を教えてください。
谷川 イケアでは、1958年にスウェーデンのエルムフルトに最初のイケアストアができた時から、ルームセット(ルームとホーム)がありました。当時は、ルームセットの数も少なく、よりシンプルでしたが、家具の展示ではなく、それをコーディネートして、実際に家具を配置した部屋のように見せ、家での暮らしを提案していました。
イケアには、「より快適な毎日を、より多くの方々に」というビジョンがあります。もともと創業者のイングヴァル・カンプラードが「家具を売るのではなく、家での暮らしを提案する」とか、「家具だけよりもソリューション」ということに重きを置いていました。「どうやったら家での暮らしをより良くできるか」を実現する手段として、ホームファニッシングが出てきたという考え方があります。
ただ家具を量産して、数だけ売るのではなくて、どうやったら楽しんでもらえるか、驚いてもらえるか、「実際の暮らしがより良くなった」と言ってもらえるか。ここを創業初期から今でも大事にしています。イケアに入社すると、「家での暮らしが大事で家具を売るだけじゃなくて、家での暮らしをより良くするために提案しよう」ということを、みんなが共有して学びます。
――初期のルームセットはどのようなものでしたか?
谷川 エルムフルトにある「IKEA Museum」に展示されている初期のルームセットの写真を見ると、当時は、マンションのモデルルームほど作り込んではいません。でも、家具が全て同じ方向を向くディスプレイではなく、「ソファであればテレビのほうに向く」、「ダイニングテーブルがあったら顔を合わせる」、「照明がここにあると視界を遮るなど、実際の家での暮らしを考えた提案は、初期からありました。現在、ルームセットのノウハウや見せ方は変化していますが、家具単体の展示ではなくて、家での暮らし、リアルな暮らしを見せるのは、もともとの創業のルーツであったと思います。
――ルームセットが進化するきっかけを教えてください。
谷川 歴史的な背景も影響していると思います。イケアが創業した1940年代から1960年代にかけて、スウェーデンでは、郊外に公団のような住宅が開発されました。いわゆる建築ラッシュのような状況の中で、住環境を改善することに興味が高かった。「実際に家具をどのように置くのか?」「どうやって暮らすのか?」というホームファニッシング・アイデアへのニーズがとても高い時代でした。現代のスウェーデンだと、お客様に、ある程度ホームファニッシングに対して知識があり、ノウハウがあるので、ここまで「ルームセット」は進化しなかったかもしれません。「家具だけ見せてもお客様がどうしていいか分からない」というニーズをくみ取ってのスタートだったと思います。
――現在、ルームセットにはどんな種類があるのですか?
谷川 現在、イケアでは、「リビングルーム」「子ども部屋」など1つの部屋にフォーカスした「ルーム」と、2LDKのように、実際の家を想定し、いくつかの部屋と廊下、キッチン、洗面台やトイレなどもついている「ホーム」という2種類を展開しています。
<現在の一人くらし向けルームセットの一例>
――リアルなルームセットを製作するには、複数の部門の協力が必要ですよね。
谷川 そうですね。ルームセットを製作するのは、私が所属するホーム・ファニッシング・アンド・リテール・デザイン部門です。ルームセットを製作するノウハウを持って、商品を理解して、どうやって一緒に組み合わせて提案したらいいのか、また、部屋のレイアウトにどう落とし込むのかを専門にしているスタッフがいます。こういった能力を持つスタッフは、本社だけでなく各店舗にいます。彼らがメインとなって、具体的な提案やプランを作成します。
ホーム・ファニシッング・アンド・リテール・デザイン部門には、さまざまなチームがあります。店舗デザインに関わるチームがあり、その中に、雑貨コーナーやショールームの家具の展示エリアを作るビジュアルマーチャンダイザーがいます。また、「ルーム」「ホーム」という、より家での暮らしのソリューション提案をするチームにはインテリアデザイナーがいます。さらに、店頭でのグラフィックなどを担当するチームもあります。実際に「ルームセット」を作る大工仕事をする担当者もいます。役割は、それぞれ細分化していますが、一つの部署として、実際の売場提案、ソリューションを担っています。私は、イケアの中で、とても楽しい花形部門だと思っています。
――各店舗で設置すべきルームセットの数は決まっているのですか?
谷川 イケアは自由な社風なので、たくさんのルールはありません。ただ、「ルームセットは、イケアのルーツであるため、どんな国に行ってどんな店舗でも、ある程度の割合はしっかりキープする」という考え方はあります。そのため、国によって、店舗によって、さまざまですが、しっかりルームセットを設置して、実際の家での暮らしの提案がされています。ここは、イケアの優位性であり、差別化のポイントとして、大事にしています。
――各店舗で設置するルームセットは、どのように決定するのか教えてください。
谷川 例えば、子どもを持つファミリー向けのルームを何%維持するというような、ルールはありません。本当に、店舗を出している地域のホームビジット調査や統計を起点にして考えています。単身者向け、カップル向け、ファミリー向け、一戸建て、マンションなど割合については、地域の実情に合わせるようにしています。世帯年収といったことも考慮します。また、ルームセットの中で提案するソリューションも店舗によって変えています。
一人暮らしの人、限られたスペースに住む人、などのバランスを見ながら提案しています。より多くの人に「全ての提案が自分に合うわけではないけど、この1部屋は、すごく自分に合った提案だ」と思ってもらえたら嬉しいです。
平均的な顧客像は誰にも刺さらない。だから「リアルな顧客像」
――ルームを製作する上で、起点となる考え方を教えてください。
谷川 イケアでは、創業以来の「家での暮らしが大事」というルーツを絶やさない企業努力を続けています。その取り組みとして、実際に、世界中のお客様の自宅を訪問して実際の家での暮らしとその困りごとを調査する「ホームビジット(家への訪問)」があり、「Life at Home Report」という調査レポートを毎年発表しています。
ホームビジットに基づいた「Life at Home Report」の大量のデータとインサイトから、「どういった暮らしのニーズがあるか」ということをスタートポイントにしています。そこから、お客様のニーズに基づいた商品開発をしています。この考え方が、ルームセットにも生かされています。ルームセットを製作する際には、よりリアルな暮らしに近づくために、イケアの商品やサービスを利用している顧客像であるペルソナを設定しています。
※Life at Home Reportとは、世界中の人々に話を聞き、今の家での暮らしには何が重要で、それをさらに改善するためにイケアがどのようにサポートできるかを把握するための取り組み。イケアが2014年から行っている家での暮らしに関する調査で、2022年度は世界37カ国3万7,000人以上を対象に行われた。
https://www.ikea.com/jp/ja/life-at-home/
※ホームビジット(家への訪問)とは、グローバルの調査に加えて、各国の家での暮らしに特化した調査で、毎年行っている取り組み。イケア・ジャパンでは、毎年約100件の実際の家庭に訪問して、毎日の暮らしで困っていることや改善したいこと、また家での暮らしの夢や希望などを聞いている。
――具体的に、どんなペルソナの設定があるのですか。
谷川 ペルソナを考える時は、年齢、性別、家族構成、職業、年収、趣味など細かいペルソナを設定します。IKEA原宿1階のリビングルームの場合は、30代前半のカップルで渋谷区の分譲マンションの1LDKに住んでいる人です。2人とも仕事があり、平日忙しく仕事をしている2人だからこそ、お休みの日は、ゆっくりしたい。また、掃除や整理・整頓にあまり時間をかけたくないというニーズがあると考えて、大容量の壁面収納を配置した「ルームセット」を作っています。
<IKEA原宿1階のルーム>
――なぜ、そこまで具体的にペルソナを設定するのか教えてください。
谷川 「平均値を取って、平均的なソリューションだけ提案しても、『より快適な毎日を、より多くの方々に』届けるというイケアのビジョンを実現することができない」のです。約50個のルームセットを作る中で、ある程度共通した悩みとか、メインの家族構成や、メインの世帯収入などは考えます。でも、そこだけを反映したルームセットをつくっても「より多くの方々」にソリューションを届けることはできません。大型店舗では、約50個とルームセットがある理由は、そこにあります。その地域のコアなターゲットではなくても、「こんな人もいるよね」「リッチな人だっている」「予算が限られた人もいる」「日本人には少ないけど、世界にはこんな趣味の人もいる」というように、バラエティーを見せることをすごく大事にしています。
また、イケアの商品数は約9500点もあります。様々な人を設定することで、より多くの商品をご覧いただけます。さらに、一つの商品の可能性を、「こういう使い方もできるけど、こういうタイプの人でもここをちょっと変更したら使える」というようなバリエーションも提案することができます。
――対極にある平均的な顧客像を生かす場面はあるのですか?
谷川 イケアでも平均的な顧客像も学びます。ただ、イケアには広い売場があるので、売場では多様性を打ち出しています。一方で、例えば、TVCMは年間50本も放映することはできません。ここはルームセットとは違うので、平均的な顧客像が強くなります。正しいメッセージを、正しいメディアを通じて、正しく伝えることは、社内でしっかり話し合っています。このメディアだからこういう見せ方をする、このメディアだからこういうターゲットにしようと、考えています。
――ペルソナの設定は昔からあったのですね。
谷川 創業者のイングヴァル・カンプラードは、よくパートナー(奥さん)の話を例に出して、商品や売場を評価していました。パートナーを一般的なお客様だと捉えていて、「うちのパートナー、これを初めて見たときに、こう感じていた」「これが不明確だった」など、多くの事例を出してくれました。その考え方が影響していると思います。単純に売上高だけではなくて、色々なお客様の声、フィードバックや反応を見て、「これは成功例だ」「これは少し変えてみよう」ということを、常に繰り返してきた結果が、影響していると思います。最初から今のルームセットではなかったかもしれませんが、多店舗展開を開始した頃には、ある程度「ルームセット」は確立していました。
<1958年に開業したイケア店舗1号店の前に立つイングヴァル・カンプラード>
――ペルソナを設定するメリットは何ですか?
谷川 現実的で、正直な提案を大前提にしているので、しっかり設定を決めます。なんとなく決めるのではなくて、「どういうニーズがあって」という点を、しっかり決めることでより家での暮らしをより深く理解しようとします。また、ペルソナを設定するのは、デザイナーとして、いいエクササイズで、すごく楽しいです。やっぱり、「誰のためか分からない部屋じゃなくて、本当にこの人がいるとしたら、この人の暮らしはもっと良くなるだろう」という点を、突き詰めて考えて提案しています。
――一方で、実際の売場では、ペルソナについてあまり解説していませんね。
谷川 そもそもペルソナや家での暮らしのストーリーだけを伝えたいわけではないので、ペルソナは前面に出していません。ペルソナに基づく、しっかりしたストーリーがあった上で提案を見てもらう。この部屋が、好きだと思った人が、実際に、引き出しを開けたり、色々なところを見たりした中で、「イケアはこんなところまで提案している、これはいいかも」と思ってほしい。
ただ、ここは試行錯誤で、もう少しストーリーを語ったほうがより身近に感じられるかも知れません。二次元コードを活用して、オーディオでペルソナを作成したデザイナーの説明を聞ける取り組みを開始した国もあります。今は、お客様の反応を見ています。一方で、そこは興味ないというお客様もいると思うので、試行錯誤です。基本的には、お客様が「いいな!」と思った時に、その部屋にうそがない、という点を一番大事にしてペルソナを考えています。
実際の収納を見せ住居用品も提案、集客のきっかけ作りに
――ルームセットでは、家具の中に小物や洋服も収納しているのは何故ですか?
谷川 ぱっと見たときの部屋の見た目はいいけど、例えば、引き出しを開けたら何も入っていないとリアルさがありません。「すごくおしゃれな部屋なのに、引き出しを開けたら何もない」「こんな部屋に住んでいる人は、もっと洋服を持っているのでは?」など、矛盾が出てくると、あまり共感してもらえるソリューションになりません。
――子ども部屋だとぬいぐるみが置いてあったりしますよね。
谷川 それもリアルな再現の一つです。だから、小物もファミリーとか、カップルに合わせて変えています。例えば、リビングルームのテレビ台は、カップルであればDVDなどがメインで入っている。子どもがいるのだったらゲームソフトが多いとか、細かいところでもストーリーを持たせています。ストーリーは、作る我々も楽しいし、見たお客様にも楽しんでもらえます。売上だけではなくて、せっかくイケア店舗にまで、はるばる足を運んでルームセットを見てもらっているので、楽しんでもらうこともすごく大事にしています。
<キッチンでの収納提案の一例>
――実際の収納を見せるメリットを教えてください。
谷川 日本に限らずですが、初めてイケアに来店した日に家具を購入するお客様は、そんなにいらっしゃいません。とりあえず見に来るだけで、小物だけを買って帰るようなお客様の方が多いです。イケアの家具を家での暮らしに取り入れるまでのステップの中で、「今度、引っ越すから大物家具を買おう」とか、「イケアの商品が好きになったし、デザインも豊富で部屋に合うものありそうだから、次は買おう」というような段階が、ある程度フィジカルな面でも、メンタルな面でもあります。
ルームセットは、もちろん家具がメインですけど、「家にあるのは、イケアのテレビ台ではないけど、テレビ台の中にこういうボックスを入れたら、簡単に収納できるんだ」とか、ソリューションを提案しています。イケアの商品がある生活は、小物からスタートできます。色々なインスピレーションを感じていただけたら嬉しいです。ルームセットは家具を売るだけじゃなくて、小物の売上を生むところでもあります。できるだけ「今日、持って帰れるアイデアや小物」も、家具と一緒に見せたいと思います。
<「中のアイデアをチェック!」で収納も提案>
<IKEA原宿1階のルームの収納事例>
――ルームセットを見るために、店に来るお客様もいるのですか?
谷川 ルームセットは、イケア店舗にわざわざ足を運ぶ、大きな要因になると信じています。ルームセットだけでなく、無料のキッズプレイルームとか、スウェーデンレストランとか、必ずしも家具を買いに行くだけが来店動機ではありません。イケアでは、「Fun day out (ファンデイアウト)」と言いますが、せっかく来ていただいたからには半日、1日楽しんでいただくことがすごく大事です。
やっぱり、ほかではできない経験や、ほかでは見られないルームセットが強みです。1部屋、2部屋ある店舗は、競合他社にもあると思いますが、没入感があり、全部を見切れないほど部屋があるのは、イケアの特徴です。特に、最初にイケアに来る動機付けになると思います。来店客のアンケートでは、「買い物をしやすかったですか」「楽しかったですか」「何かアイデアは見つかりましたか」という質問を必ず聞いて、そこはすごく大事な指標にしています。
――ソリューションだけでなく、楽しさも重視しているのですね。
谷川 やはり、楽しんでもらうことが大事です。なかなか頻繫に実際に住んでいる部屋を変えることは難しいと思いますが、写真で見るのではなく、ルームセットで楽しみながら体験してもらうことがスタートだと思います。「いま買わなくても将来的に家具と言えばイケア」、「イケアに行ったら、何か面白いものが見つかる」と感じてほしい、という想いを込めてルームセットを作っています。
都心型小型店では、「ワンルーム」提案を重視
――新宿、渋谷、原宿の都心型店舗でも「ルームセット」は設置していますね。
谷川 イケア・ジャパンは世界でも数少ない選ばれた国として、シティショップ(都心型店舗)を展開しています。創業80年を迎え、大型店舗は60年以上の開発ノウハウがありますが、ここ10年、20年で世界の家での暮らしがスピーディーに変わっていく中で、ベースとなる「イケアのコンセプト」は残しつつ、新しいことにも挑戦する取り組みです。スウェーデンのイケア本社を含めて、様々な協力を得ながら試行錯誤して作っています。すごくいい点として、既存の大型店舗と違い正解不正解がないので、本当に話し合いながら、いろいろ試している段階です。
「ルームセット」に関しては、店舗面積が小さいからなくすという考えはなかったです。数は減らしても、部屋としてリアルな提案をするのがイケアです。IKEA原宿では、「ルームセット」は6つしか設置できませんでしたが、若い人たちが多い商圏特性からペルソナを決めて、限られた住空間をしっかりサポートできるソリューションを提案しています。
――限られた「ルームセット」の中で、どんな部屋を再現していますか。
谷川 IKEA原宿では、リビングや寝室を兼ね揃えたワンルームのような「ルームセット」を設置しています。海外も含めた動きですが、これまでは、リビングルーム、ベッドルーム、子ども部屋、廊下、キッチンの概念がしっかりしていました。でも今は、一つの部屋がリビングであり、ベッドルームであり、というように複数の要素があるワンルームといった考えが増えています。シティショップでも、特にワンルームにフォーカスしています。
あとは、リビングとダイニングを兼ねている部屋は、日本の住宅ではとても多いので、そこを意識しています。リビング、ダイニング両方の機能を果たせるような、低めのダイニングテーブルとソファなどを活用して、限りあるスペースでもできる快適な暮らしを提案しています。イケアの家具は少し大きいというイメージもある中で、「ひとつの商品にいくつかの機能を持たせるとすてきに暮らせる」提案を重視しました。
<都心型店舗のワンルーム提案>
――都心は通勤・通学などいろいろな客層が来店します。どんなペルソナを描いていますか。
谷川 ここも試行錯誤しています。新宿、渋谷、原宿にいる人は、「それぞれこんなイメージ」というものは簡単に作れます。でも、実際には、「自宅は郊外にある」「渋谷に住んでいるけど、原宿カルチャーを反映した洋服が好き」などさまざまです。新宿、渋谷、原宿、それぞれで、どこまで差別化して、どこで共通性を持たせるか、オープン後もお客様の声を聞き、改善しています。
また、オープン直後に来店するお客様と1年後に来店するお客様は、少し変化しました。都心型店舗は3店舗とも、コロナ禍にオープンしました。なので、現在はもっとインバウンドのお客様が多くいらっしゃるかもしれません。リピートで来店される方もいます。夏休み期間中は、来店する客層も変わりました。1カ月、半年、1年間とデータは蓄積しますが、必ずしも、それが正解とは限りません。都心型店舗は、コンセプトがまだしっかりと確立していないので、固定概念に縛られないで、常に最新のお客様の声とデータを見ながら試行錯誤しています。大変な仕事ですが、すごく楽しいところです。
グローバル企業として体験を重視、言語的な説明は検討課題
――ソリューション提案をする「ルームセット」ですが、なぜ言葉で説明しないのですか?
谷川 イケアは、スウェーデン発祥です。スウェーデンからスカンジナビアの国、他のヨーロッパへと展開してきました。その中で、共通の言語がない国でも分かる提案がベースにあると思います。大きな店舗で、ルームセットに、ここまでスペースを割くのは、やっぱり、「見て分かる」「見て感じる」ところを重視しているからです。
――日本発祥のニトリやユニクロは、丁寧な商品の機能説明があります。イケアはどうですか?
谷川 イケアの商品数は約9500点もあります。「見て、体験して」というだけでも大量のコミュニケーションが店舗にはあふれています。1カ所のルームセットを見るだけでなく、1日かけてイケア店舗を楽しむなど、バランスを考える必要があります。確かに、一つ一つ、伝えたいメッセージはありますが、全部の情報を発信してしまうと、お客様を疲れさせてしまう気がしています。
――世界的に見ると、言葉で納得するのは日本人の特性ですかね。
谷川 やはりデータやファクトなど、証明するものがあるとより腹落ちする。最後の決めてとして、「であれば買おう」「であれば納得できる」という感性は強いかも知れません。世界の「Life at Home Report」との差異を見ると、日本とほか国でも差があります。家や部屋に求めるものとして、海外では、コーディネーション、スタイル、デザイン性など、フィーリングや感覚的なものが重視されます。一方で、日本では、機能面を重視する傾向があります。機能面は、言葉だけでなく、体験でも伝えることもできます。例えば、テストマシンみたいなものや商品説明の動画ムービーなどもあります。
日本では、家電とかでは機能的な説明やお客様のコメントが重視されています。イケア・ジャパンでも、スウェーデン発祥なので、説明しませんということではありません。ただ、イケア独自のコンセプトに合ったコミュニケーションを展開しています。メッセージを出しすぎると、結局、何のメッセージも伝わらない可能性があります。このバランス、メリハリについては、すごく重要な課題として取り組んでいます。
――初めて「ルームセット」を見る人で、戸惑うお客さんはいませんか?
谷川 特に日本に関して言うと、モデルルームのように思われると、なかなか部屋に入ってくれません。1号店のオープン当初は、畳の部屋は、皆さん靴をぬいでルームに入っていました。そこで、「靴のままお入りください」などの、ルームセットに入ってもらうコミュニケーションは出しています。ユニークさと親和性は、両方とも大事な要素です。ルームセット以外にも、商品ディスプレイ、平場の売場もあるので、それぞれの売場に合わせて、「ここは機能の説明を打ち出そう」「ここは商品のデザインとカラーを見せよう」などと重視する要素を変えています。お客様とのコミュニケーションは、お客様の世代によっても異なるので、あらゆる世代の声を拾いながら、バランスをとっています。
――体験以外のコミュニケーションとして、どんな施策がありますか?
谷川 社内では、ルームセットを作ったときにペルソナの説明をして、住んでいる人の家での動線、週末の過ごし方、それに合わせた収納などの提案など情報を共有しています。そこで、新しいことへのチャレンジとして、ルームのストーリーや商品の利点や機能性を伝えるライブストリーミング(イケアライブ)を開始しています。それがきっかけになって、「面白い」と思っていただき、「いつもはオンラインストアで買い物をしているけれど、今度はリアル店舗へ行こう」など、オンラインで見てオフライン(店舗)に行く。逆に、店舗が楽しかったから、オンラインのイベントを見に行くなど、オムニチャネル化を加速する取り組みを進めています。
<イケアライブ収録の様子>
<イケアライブ配信の様子>
――最後に、「ルームセット」を通じてお客様に伝えたいメッセージを教えてください。
谷川 ルームセットを通して、「より多くの人に、自分にあった、自分らしい暮らしを見つけてほしい」と思っています。そのために、一つ一つ違う部屋、違う区画設定をして、約50のルームセットを用意しています。大きな変更じゃなくても、予算が限られていても、今よりも良い暮らし、自分らしい暮らしを提案しています。「人ごとではなく、自分にもできて、自分の家での暮らしもより快適になる」アイデアを発見してほしいと思います。
<谷川舞Country Home Furnishing&Retail Design Manager>
■谷川舞Country Home Furnishing&Retail Design Managerの略歴
売場のデザインや展示方法などを統括。2004年イケア・ジャパン入社。日本初店舗となるIKEA船橋(現・Tokyo-Bay)にてビジュアルマーチャンダイザーとして働く。2006年より同店舗のデザイン部マネジャー、その後、新店舗の立ち上げを含む4店舗でのデザインマネジャーを経験後、本社でシティショップ(都心型店舗)立ち上げのデザインマネジャーを経て、2021年より現職。
写真で見るイケアの売場づくり(20枚掲載)
流通ニュースでは小売・流通業界に特化した
B2B専門のニュースを平日毎朝メール配信しています。