インタビュー/イトーヨーカドーのリテールメディア戦略、もっと「楽しいヨーカドー」へ(前編)
2024年09月24日 10:00 / 流通最前線トレンド&マーケティング
イトーヨーカ堂は7月からリテールメディアを本格的に開始した。リテールメディアプロジェクトの望月洋志ディレクターは「リテールメディアは単なるデジタル販促ではなく、メーカーと共にマーケティング戦略を練り上げ、商品価値を見える化し、お客様にその価値を届けるための手段だ」と言い切る。望月氏とリテールメディア プロジェクトリーダーの篠塚麻友実氏にイトーヨーカ堂の考えるリテールメディアの意義、メーカー・顧客とのコミュニケーションの変化、リテールメディアを通じて実現したい未来を聞いた。
前編ではリテールメディアの意義、リアル店舗の売場連動型フリーマガジン「はとぼん」、後編ではネットスーパー利用者向けのフリーペーパー「ぽちたす」、リテールメディアを通じて実現したいイトーヨーカ堂の未来を紹介する。
リテールメディアは接客の拡張
――リテールメディアの目的と具体的な取り組みについて教えてください
望月 リテールメディアは単なる販促ではなく、マーケティングプロセスそのものです。小売業の課題の一つでもある、お客様に商品特性や作り手の思いが店頭で十分に伝わらないという課題を解決し、買い物をもっと楽しんでいただき、新たな体験価値の提供することを目的としています。
具体的には、約300万人の利用者を持つイトーヨーカドーアプリ内での広告・クーポンイトーヨーカドーTV(サイネージ)、ホームページ、LINE などを活用した情報発信を行っています。さらに、紙媒体では、2023年12月からはネットスーパー利用者向けのフリーペーパー「ぽちたす」、 2024年7月1日よりリアル店舗の売場連動型フリーマガジン「はとぼん」をスタートしました。
――リテールメディアと言っても日本の小売市場は、米国のように大手小売りの寡占状態ではありませんし、EC化率もまだまだ低い状態です。各社によってさまざまな取り組みがありますが、イトーヨーカ堂の考えるリテールメディアの定義を教えてください
望月 当社では、リテールメディアは接客の拡張だと考えています。アプリ、デジタルサイネージ、店頭のVMDなどあらゆる手段を使って、お客様に商品の価値を知っていただく。そのために小売りが提供するメディアであって、単なるデジタル販促ではありません。
例えば、「はとぼん」では、セブンプレミアムゴールドの「メキシコ産樹熟アボカド」を紹介していますが、そのおいしさの理由をアボカドのプロと当社の青果のプロが対談しています。大玉で完熟、失敗のないおいしいアボカドなのですが、単に店頭に並んでいるだけではお客様にそのおいしさの訳や価値が伝わりません。紙媒体のインパクトも生かし、紙面で接客しているわけです。
高級な商品を売りたいわけではなくて、通常売り場でよく見る商品であっても、こだわりやその良さは、たくさんあります。たとえば、明治「ブルガリアヨーグルト」はトクホ(特定保健用食品)ですが、そのことをご存じない方が多いです。売り場の定番、ロングセラーの商品でも、その良さをお伝えしきれていないわけです。
商品の安さだけでなく、商品の価値に対してお買い得価格であることを我々は伝えたいのですが、毎日店頭に立って、お客様にご説明することは困難です。
そこで、リテールメディアを通じ、店の外でも中でも、商品の価値を見える化し、伝えることで、その価値を紹介しています。
リテールメディアは広告効果を強調されがちですが、あくまでお客様に、メーカーの商品の価値をしっかり届けるメディアだと考えています。
篠塚 「はとぼん」をご覧になった方から、「はとぼん」に掲載されたアボカドのこだわりを知って、食卓に出すときに家族に伝えたくなった、といううれしいお声をいただきました。リテールメディアを通じて、買い物のあとのお客様の体験が楽しくなったり、もっと豊かになったりというところにつながっていけたらすごくいいなと思います。
クリエーティブの力を信じ、物を届けるだけなく情報も届けたい
――リテールメディアというとアプリやサイネージの活用が思い浮かびます。なぜ、あえて紙のフリーペーパーを発行するのでしょうか
望月 これはよく聞かれることなのですが、リテールメディアはイコールデジタル広告ではありません。あくまで、メディアとして商品の情報をお客様に最適な形で届けることが大事なのであって、商品へのこだわりを伝えるのにふさわしい媒体を、クライアントやお客様のニーズによって使い分けています。
リテールメディアは広告収益を上げるための手段というだけではなく、マーケティングプロセスそのものだと考えています。商品情報というしっかりしたコンテンツがあり、お客様に楽しんでいただけるからこそ、デジタルでも紙媒体でも閲覧していただけて、結果として広告価値が高まる。
もちろん、アプリの広告IDを使って、たとえば特定の商品を買ったお客様の広告IDに対して、YouTubeとかTVerなどで広告配信をするというプランもあります。デジタル上で広告配信をして、その結果イトーヨーカドーでどれくらい売れたのか検証もできるようになっています。しかし、あくまでリテールメディアの役割はお客様に情報を届けることです。
紙媒体はクリエーティブなインパクトがあり、例えば、このようにタブロイド判の「はとぼん」のカラーページで桃を紹介したところ、「おいしいそう!」とお客様にも社内でも好評でした。スマートフォンの画面では、紙媒体のようなインパクトを与えるのは難しいですよね。
顧客が買いたい気持ちにならなければ意味がない
望月 イトーヨーカ堂には「商品の価値を伝えたい」というカルチャーがあります。商品にまつわるストーリーをデジタル、紙媒体それぞれで紹介しています。レシピをデジタルサイネージに流すといった販促手法が一般的によく採用されますが、レシピはカテゴリーの商品の使用量を増やすマーケティングで、極端なことを言えばどのメーカー企業の商品でも代替できるわけです。リテールメディアではそのブランドの持つ価値、商品開発にまつわるストーリー、機能や味に対するこだわりを紹介することで、その商品・企業のファンになっていただくことも目指します。
情報の伝達の仕方で、商品の「使用量を増やす」「ブランド価値を高める」、その両輪を回すことで、お客様の買いたくなる気持ちを高めます。お客様が買いたい気持ちにならなければ、リテールメディアの意味がありません。
また、販促との違いは、キャンペーンや値下げで瞬間の売り上げを作るだけではなく、商品に対し継続的にリサーチし、ブランド理解、エンゲージメントを高めるマーケティング支援だと考えています。
後編に続く
■篠塚麻友実氏の略歴
2000年に入社、商品企画やEC事業を担当。その経験を活かし、2010年からは販売促進部にてホームページやデジタル広告、サイネージの業務を手掛け、2021年には販売促進部の総括マネジャーに。その後、2024年3月よりリテールメディアプロジェクトリーダーに着任。リテールメディアにおいても長年の経験と専門知識を活かし、常に新しい価値を創造し続ける。
■望月洋志氏の略歴
セブン&アイ・ホールディングス グループ商品戦略本部ネットサービス開発シニアオフィサー兼イトーヨーカ堂 商品本部 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー オペレーション本部副本部長。電通グループで検索広告に従事。その後、セブンネットショッピングにてイトーヨーカドーのネットスーパーとネット通販の立ち上げを支援し、博報堂プロダクツ入社。大手流通グループのデジタルマーケティング支援や博報堂プロダクツのデータ分析組織の立ち上げ、スーパーマーケット向けのアプリ開発の社内ベンチャー立ち上げの後、食品卸の日本アクセスに入社しリテールDXの新規事業を担当。IT子会社のD&Sソリューションズの取締役共同CEOとしてリテールメディアのプラットフォーム事業を立ち上げた。2023年10月1日より、イトーヨーカ堂とイトーヨーカドーネットスーパーにてシステム開発とマーケティングを担当。よりよいサービスの開発とリテールメディアの構築を見据えて事業を推進している
取材・執筆 鹿野島智子
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