インタビュー/イトーヨーカドーのリテールメディア戦略、もっと「楽しいヨーカドー」へ(後編)

2024年09月25日 10:00 / 流通最前線トレンド&マーケティング

イトーヨーカドー

イトーヨーカ堂は7月からリテールメディアを本格的に開始した。リテールメディアプロジェクトの望月洋志ディレクターは「リテールメディアは単なるデジタル販促ではなく、メーカーと共にマーケティング戦略を練り上げ、商品価値を見える化し、お客様にその価値を届けるための手段だ」と言い切る。望月氏とリテールメディア プロジェクトリーダーの篠塚麻友実氏にイトーヨーカ堂の考えるリテールメディアの意義、メーカー・顧客とのコミュニケーションの変化、リテールメディアを通じて実現したい未来を聞いた。

前編ではリテールメディアの意義、リアル店舗の売場連動型フリーマガジン「はとぼん」、後編ではネットスーパー利用者向けのフリーペーパー「ぽちたす」、リテールメディアを通じて実現したいイトーヨーカ堂の未来を紹介する。

「ぽちたす」で楽しく商品を提案

――紙媒体は店頭で配布する「はとぼん」とネットスーパー向け「ぽちたす」がありますが、両者の違いを教えてください

<ネットスーパー向け「ぽちたす」>
ネットスーパー向け「ぽちたす」

望月 前提として店舗とネットスーパーでは買い物の目的、利用者の年齢層が違います。

スーパーマーケットはそもそも、足りなくなったものを補充する買い物が中心ですが、ネットスーパーではその特徴が色濃く表れます。さらに、子育てや仕事で忙しく、コスパよりタイパを求める30~50代の方が8割と多い。店舗と違って、商品を見つけてついで買いをしたり、新たな商品にチャレンジしたりといったことがネットスーパーでは起きにくいのです。店舗とネットスーパーのマーケティングは、別で考えなければなりません。

補充買いが中心となることから、ネットスーパーはお客様に向かって、商品を提案することがより重要になってきます。ネットスーパーの画面は、必要なものを検索するには便利ですが、まだ買ったことのないものを提案するにはわかりにくい。

そこで、紙媒体の「ぽちたす」を使い、ランキングなどでわかりやすく、楽しく商品を提案しています。いつも買っている商品の補充だけでなく、今まで購入したことのない商品を買うきっかけとして、「ぽちたす」を使い、商品とお客様の出会いを最大化します。

8月号では、野菜ジュース&トマトジュースの人気ランキング、キムチ18商品のレビューを掲載しています。カテゴリー全体をより楽しめるコンテンツを提供し、お客様の買い物の選択肢を広げられるような提案をしています。

<紙面でもお客様目線で接客と篠塚氏>
紙面でもお客様目線で接客と篠塚氏

篠塚 リテールメディアは接客の拡張だということを意識して、紙面を作成しています。作るときに、実際にお客様に接客している気持ちになります。どのようなお客様にどんなことをお伝えしたら、「これいいな」と思っていただけるか、自分自身も生活者目線で、ご提案することを大事にしています。

例えば、デザートを紹介するときも、カロリーを気にされる方もいらっしゃるので、カロリーオフ商品を掲載するなど、生活者として知りたい情報を盛り込むよう努めています。

望月 なぜその商品がおいしいのか、なぜこの価格なのか。納得してお買い物していただきたい。そのために、各コンテンツに読みたくなる工夫を凝らしています。

子育て世代が多いので、「はとぼん」に比べると「ぽちたす」は、タイパや健康にテーマを寄せています。利用者が知りたがっているテーマですね。

7月に始まったばかりの「はとぼん」では、総菜特集が一番人気でした。1位の旨辛骨なしチキンは、ロングセラー商品なのですが、意外と社内でも歴史が長いゆえに知らないメンバーもいました。お客様に楽しんでいただけるのはもちろん、あらためて、社員に自社製品の魅力を知ってもらえますし、店舗から「1位になった商品は品切れしないよう一生懸命作っています」と声があがっています。

リテールメディアで売り場の力を最大化したいのです。スタッフに商品の正しい知識を持ってもらい、その上でお客様に販売する。ある意味、スーパーマーケットの基本を徹底する取り組みでもあります。

リテールメディアはデジタル広告など新しいことに目が行きがちですが、このように小売りとして、接客の基本の徹底をしていることが最優先です。お客様に商品を買っていただけるその理由をちゃんと伝えること。その情報をコンテンツ化し、お客様に読みたいと思っていただけるよう、工夫することを重視しています。

小売りとメーカーが一緒になって顧客に向き合う時代

<メーカーとの連携が深化と望月氏>
メーカーとの連携が深化と望月氏

――商品の価値を届けるにはメーカーとの連携が深まりそうですね

望月 そうですね。メーカー企業からも、リテールメディアを通じて今までできていなかったマーケティングの取り組みを一緒にやりたいと言ってくださるケースが増えてきたと思います。

メーカー企業の商品の知識、研究開発の蓄積、ノウハウはすばらしいものがあります。ただ、そのすべてをお客様に伝えるのは、なかなか難しい。だからこそ、小売りとメーカー企業が一緒になってお客様に向き合う時代が来ているのではないでしょうか。

なぜ、その商品がおいしいのか、なぜこの価格でご提供できるのかをできる限りお伝えしたほうが、お客様としても納得して買っていただけます。しかし、スーパーがセルフ販売だからこそ価格を抑えられる業態ですし、販売員が売り場に常駐していてはコストがかかり、商品価格が上がってしまいます。

小売りではPBも増えており、メーカー企業としてはNBとして、商品の差別化をしなければならない。そうすると、例えば健康といった付加価値をつけたとすると、その価値について説明したいことが増えるわけです。

篠塚 「はとぼん」創刊号では、大塚製薬社にご出稿いただきまして、「ポカリスエット」がなぜ夏場の水分補給にいいのかということを漫画で楽しくわかりやすくお伝えしています。どのタイミングで水分を補給すると良いのか、商品の背景にはたくさん情報があって、メーカー企業の研究・開発は、本当に生活者のことを考えてつくられているということを知っていただける機会になっています。お客様に、「だからポカリスエットって熱中症にいいんだ」「水分補給にポカリスエットを飲むようになった」など、好評を得ています。

<漫画でわかりやすくポカリを紹介>
漫画でわかりやすくポカリを紹介

「ポカリスエット」も長く店頭でお取り扱いさせていただいている商品ですが、あらためて商品の価値を詳しくお伝えすることで、お客様がその商品やブランドを好きになっていただいて、継続な購入につなげていくところがリテールメディアとして、担っていかなければいけない役割だと考えています。

私たちは、メーカー企業の商品を仕入れさせていただく立場ではありますけれども、物を届けるだけではなくて、情報やその魅力もリテールメディアで最大限届けたいと考えています。「はとぼん」は、おかげさまで12月まで広告がほぼ決まっています。

リテールメディアでヨーカドーを楽しく、日本を元気に

――リテールメディアを通じて実現したいイトーヨーカ堂の未来を教えてください

望月 やはり、売り手の都合が出すぎると、コンテンツとして面白くなくなってしまいます。お客様が楽しく、短期でなく長期的に商品を作っているメーカー企業のファンになっていただき、その商品を取り扱う当社のファンにもなっていただき、イトーヨーカ堂の店舗・ネットスーパーが、あらゆるファンの集合体になるのが理想ですね。

篠塚 イトーヨーカドーをもっと楽しいスーパーにしたいです。「楽しいヨーカドー」をリテールメディアで作っていきたい。デジタルや紙媒体での商品のご紹介に加えて、店頭での楽しい体験をメーカー企業と、私たちみんなで一緒に創造していきたいです。イベントも企画していきます。

今夏は、猛暑を乗り切るグッズ、夏向けの食品、贈答品などを集めた「清涼祭」を開催しました。中でも、大塚製薬社との取り組みでは、「熱中症をゼロにしたい」という両社の思いを売り場で形にしました。

<「ポカリスエット」を集合展開>
ポカリスエット
※6月19日流通ニュース撮影(イトーヨーカドー大森店)

売り場で「ポカリスエット」を集合展開し、当社の機能性インナー「ボディクーラー」と一緒に、着るものと飲むものというかたちで、お客様に対して夏を快適に過ごすご提案をさせていただいたり、当社のスタッフが「熱中症アンバサダー」という大塚製薬社が推進されているこの取り組みに、一緒に私たちも参加させていただいたりしました。地域のお客様に、私たちが正しい熱中症の知識を持って接客し、大塚製薬社と一緒にお客様に対して、はとぼんと連動して熱中症対策に取り組めたことは、リテールメディアとしていいスタートが切れたと思います。

色々な取り組みにチャレンジして、お客様に反応していただくことがすごくうれしいです。今回もポカリスエットをたくさん買っていただけました。いろいろお客様にお伝えしたいことがあり、メーカー企業と一緒になって施策を考え、お客様にフィードバックいただけると、本当にやりがいになります。購入分析からも、メーカー企業と次のより良い提案につなげていきたいと考えています。

望月 さらに、メーカー企業と一緒になって、日本にこんなにいい商品があるというのをお伝えしたいと思っています。

日本中のいい商品を余計なコストをかけずにお客様にお届けするということが小売りのあるべき姿というか、醍醐味だと考えています。バイヤーが日本全国からいいものを目利きしてくるわけですから、はずれがない。

日本のメーカー企業は安くておいしい商品、高価格でものすごくおいしい商品など、いろいろなバリエーションの商品を提供しています。お客様が特別な知識がなくても、自分で産地に行かなくても、1つのお店でさまざまな商品がまとめて買える。このことが、小売りの価値だと思っています。もっともっと日本のいろいろな商品をご紹介し、イトーヨーカドーのリテールメディアを通じて日本を元気にしたいと思っています。

<ヨーカドーのリテールメディアを通じて日本を元気に>
ヨーカドーのリテールメディアを通じて日本を元気に

イトーヨーカドーのリテールメディア戦略、もっと「楽しいヨーカドー」へ(前編)

■篠塚麻友実氏の略歴
2000年に入社、商品企画やEC事業を担当。その経験を活かし、2010年からは販売促進部にてホームページやデジタル広告、サイネージの業務を手掛け、2021年には販売促進部の総括マネジャーに。その後、2024年3月よりリテールメディアプロジェクトリーダーに着任。リテールメディアにおいても長年の経験と専門知識を活かし、常に新しい価値を創造し続ける。

■望月洋志氏の略歴
セブン&アイ・ホールディングス グループ商品戦略本部ネットサービス開発シニアオフィサー兼イトーヨーカ堂 商品本部 リテールメディアプロジェクト ディレクター兼イトーヨーカドーネットスーパー オペレーション本部副本部長。電通グループで検索広告に従事。その後、セブンネットショッピングにてイトーヨーカドーのネットスーパーとネット通販の立ち上げを支援し、博報堂プロダクツ入社。大手流通グループのデジタルマーケティング支援や博報堂プロダクツのデータ分析組織の立ち上げ、スーパーマーケット向けのアプリ開発の社内ベンチャー立ち上げの後、食品卸の日本アクセスに入社しリテールDXの新規事業を担当。IT子会社のD&Sソリューションズの取締役共同CEOとしてリテールメディアのプラットフォーム事業を立ち上げた。2023年10月1日より、イトーヨーカ堂とイトーヨーカドーネットスーパーにてシステム開発とマーケティングを担当。よりよいサービスの開発とリテールメディアの構築を見据えて事業を推進している

取材・執筆 鹿野島智子

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